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パンとゴハンと大きなカバン

僕は夢を見たんです。
少し小高い丘が段々に続く道を眺めていました。
丘一面が黄色に見える程たくさんのチューリップ畑です。
男が歩いてきました。背丈は僕と同じくらいの男。
顔はよく見えませんでしたがどうやら困り顔をしているようです。
男が近くを通る時、困った声の独り言が聞こえてきたからです。
「パンゴハン パンゴハン」ブツブツとそう言っています。
パンとゴハンで迷っているのかしら?
よおく男の服装を見てみると身なりは整えた様子です。
ピカピカに磨いた革靴に、山高帽子と白いシャツ。
そして首元にはとても大きな蝶ネクタイ。
あとは手に大きなカバンを持っています。
カバンの前の隙間からは沢山の雲をモクモク吸い込んでいます。
カバンの後の隙間からは沢山の湯気をユラユラと吐き出しています。
カバンは男がブツブツとバンだのゴハンだの唱えるたびに、
大きくなったり小さくなったり忙しなく動き、合わせて雲を吸い込む度に
ばくんばくんと脈打ちながらカバンの隙間から湯気を吐くのです。
男は空から雲という雲をどんどん吸い込んでいくではありませんか。
振り返って男が通ってきた丘の道を見てみると
空には雲ひとつありませんでした。
道すがらありったけの雲を吸い込んできたようです。
カバンの中はどういう仕組みなのか分かりませんが
モクモクユラユラと湯気が大空めがけて飛んでいきます。

あれ?この時間のこの景色、昔どこかで見たことがあるぞ。
青空を呑気にぷかぷかと浮かんでいた大きな真っ白い夏の雲が、
もうすぐ夕陽に反射して赤く染まるんでしょ?
そおしたら晩ご飯の美味しい香りがそこらじゅうに広がって来るんでしょ?
そうかあの香りはこの男のカバンから出ていたものだったのか。
湯気はきっと大好きなカレーの匂いがするのでしょう?
湯気はきっと味噌汁のお腹が空く香りがするのでしょう?
みんな知っている独り言「バンゴハン バンゴハン」
パンかゴハンかで困っていたわけじゃあなかったんだね。

「ご飯だよー」お母さんの大きな声。
ぼく遊び疲れて帰って来て、そのままソファーで寝ていたよう。
起き上がった時、僕の部屋から一匹の蝶々が出て行った。
テーブルについた僕の目の前は、あの湯気でモクモクといっぱいだった。
「バンゴハン バンゴハン」僕はブツブツとそうつぶやいた。

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