この世の地獄を見たければ酒害者の家庭を見るがいい、この世の天国を見たければ断酒家の家庭を見るがいい
あなたはもはやみじめな酒害者ではない、あなたはいまや誇り高き断酒家である
断酒は求めれば必ず与えられ、求めなければその動機にすら到達しない
断酒家は酒害を体験しているからこそ、それを熟知する者として無縁でいられるのだ
断酒生活とは酒に変わるものを見つけて安定することではない、それは人生を生きるのに酒のいらない生き方があるのだと体験することである
例会は同じことの繰り返しに見えるが、そこには新生(変化)と悟りがある
断酒哲学は断酒継続しているひとだけが学びえるもの
断酒を始めるには理屈はいらないが、断酒を続けるためには断酒哲学が必要だ
断酒家の尊厳のすべては断酒道にある
断酒会活動は酒害者救済というが、それは酒害者である自分を救うということである
例会で失敗者をとがめてはいけない、そこでは互いに許しあうことが大切である
酒害者が断酒するということは、いろいろな人に借りをつくることであり 、断酒していくということはその借りを返すことである
自立とは孤高を保つことではなく、他と共存することである
失望を味わいそれを乗り越えた人でなければ真の喜びはわからない
酒害には三つの悪がある 孤独(精神的生命の衰弱)、貧困(社会的生命の衰弱)、病弱(身体的生命の衰弱)