ふたりとも快適に
自分の『欲しい』が歪んでいること、素直に言えない表現できないことに気づいて以来、どんなささやかなものでも「ほんとうに?」と自分に聞いてみることをはじめています。
贅沢やワガママを言うものではありませんが、不当な我慢や抑圧もよくありません(と、これまで無意識にそうしてきたことに気づいたところです)。健全に『欲しい』を口にすること、表現することを練習しはじめたところです。
夫は大学でやりたかった勉強を、家庭の事情で途中でやめざるをえなかった人です。ですが、私にはそうは言いませんでした。義母はそのことを今でも悔やんでいて、申し訳ないことをしたと今でも私には言います。
夫をみていると、ほんとうに勉強がしたかったんだろうなと思います。私はろくろく授業にも出ず、ギリギリ卒業させてもらったようなものなので、この点についてはただただ申し訳なく思うばかり。
自分の『欲しい』についてはじめて注目しはじめたところですが、
私は自分から積極的に『欲しい』について、あるいはやってみたいこと、挑戦したいこと、そういったことについて、夫にはたずねることができずにいます。
「任せといて、私が学費ぐらい工面する」とか言ってみたいものですが、ご覧の通りそうできずにいる私がいるからです。
我慢しているとも諦めているとも言わない人です。そして今の彼が学びたいことがあるとするなら、それはかつての研究分野とは違うものかもしれません。
ただ、私は彼のアートの才能だけは埋もれさせたくないと思います。なので彼の描き散らかしたどんなちいさなチラシの裏紙も捨てずにとってあります。これを世に出すことも私の『欲しい』のひとつ。
穏やかに楽しく心地よくすごしていくことは、あたりさわりなくすごす、ということとは違います。ふたりで毎日をアップデートしながら、旬な快適を選択していきたいと思います。
一日中雨ふりで海にも森にも行けず、ポポをお風呂に入れてひたすらゆっくりすごした日曜日の日記でした。