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アパート日記3
二〇〇八年七月十五日
アパートという住宅システムの根幹を揺るがす事態が発生いたしました。
さる七月六日、日曜日、遅く帰宅したところ、私の部屋の玄関ドアに小さく丸めた紙が挟まれていました。アマゾンで頼んでおいたDVDを届けに来た配達員が残した不在連絡票だと思い手に取ると、しかしそれは思っていたものとは違く、粗悪な紙に走り書きされた短いメモのようでした。
そしてそこには驚くべき内容が記されていたのです。以下全文を掲載します。
これをご覧になっている皆様にまず訴えたいのが私はCevdetさん(セヴェデットさん?)ではないという事です。またその様な同居人もいませんし、Ozturkさん(オズツルクさん?)に何かを依頼をした憶えはありません。ましてやそのような名の人々と交流を持ったこともありませんしそのアルファベットの綴りが果たして人の名前を指し示すものなのかさえも私には判断しかねる状態です。
加えて手紙は私に一方的な「残念」の通告、さらには「メール」の要求もしています。来訪した時刻まで書き記すあたり、怒りすら滲ませているように思われるのは決して気のせいではないでしょう。
気が気でなくなった私は即座にインターネットで調べそのアルファベットがどうやらトルコで使用されている言葉だということをつきとめました。しかしだからといって手紙を書かれた方の落胆と怒りが解消されるわけではありません。そして何より私を不安にさせるのはこの手紙を書かれた方が「又お伺いしたい」と思っているということです。七月十四日現在まだお見えになられてはいませんが、もしまた来られた場合、私にはその方の期待に沿えるようなお話をする自信が全くありません。なにしろ私が持つトルコに関する知識は「トルコ風呂」「オスマン帝国」「ドネルケバブ」の三つのみと非常に貧弱なもので、来られた方を落胆させることは火を見るより明らかです。
なぜこのような事になったのか…
ここサンコーポ沼袋では「自分がここに住んでいる」という最低限の了解すら満足に保障してはくれません。極端なアパートの国際化がその原因の一端ではあるかもしれません。しかしこの出来事は国際化が生む軋轢だけでは説明できないように思われるのです。このアパートに起こる一連のトラブルや不具合、私には何か見えない巨大な力がここサンコーポ沼袋を覆おうとしている、そんな気がしてならないのです。
願わくばトルコ流のジョークだと、淡い期待を抱きながら…。
※本文にあるアパート名は実際はひどくよく似た違う名称です。
(テキスト:吉田正幸)
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