ばらんす
〈女がベンチで寝ている。一人の駅員がツカツカと音を立てて女に近づく。〉
駅員「お客さん、お客さん」
〈女、全く起きない。〉
駅員「お客さん!お客さん!」
〈女それでも起きない。〉
駅員「お客さん、もう終電終わってますよ!」
女 「うるせえ〜!」
駅員「うるせえって、ちょっと困りますって、おきてください」
女 「きしょいんだよハゲ!!」
〈女、立ち上がって駅員に絡む。〉
女 「あ?ほら、おい、ハゲ!」
〈女、悪口30秒くらい〉
駅員「落ち着いてください、やめてください。」
女 「うるせえ!指図すんな!!」
〈女、突然寝る。〉
駅員「なんだこの人…。困ったなほんとに。」
〈謎の人物が少し小走りでやってくる。〉
謎 「あーすみません。」
駅員「あ、お連れさんですか!困るんですよ、こういうの。」
謎 「本当にすみません。飲みすぎちゃったみたいで。」
駅員「平日からこんなになるまで飲むなんて。」
謎 「はぁ、私もあんまりよくわかんないんですけど。(女の隣に座って)ちょっと、起きてほら。」
駅員「分からないって。一緒に飲んでたんじゃないんですか。」
謎 「(女の方を向いて)ほら、起きてって。(駅員の方を向いて)まあ一応、一緒に飲んでたっていうか。」
〈謎、女の肩をさすりながら隣に座る。〉
謎 「起きれる?お水飲む?」
〈女、ふにゃふにゃいいながら謎を払いのける。〉
駅員「大変ですね。」
謎 「あー私、中学の時学級委員だったんで。」
駅員「え?」
謎 (駅員の耳元に)「学級委員だったんで。」
駅員「聞こえてはいるんですけど。」
謎 「そんで、当時私万引きをしてたんですよ」
駅員「突然なんの話?」
謎 「私の家、貧乏で。原因は母なんですけど。なんかめちゃくちゃな人で。その分私安定志向になって。なんていうか、こう全てのことに対して、バランスをとりたくなるんです。」
駅員「バランス。」
謎 「例えばね、甘いもの食べたらおんなじ量のしょっぱいもの食べるとか、怖い映画見たらフォレスト・ガンプ見るとか、そういうのです。そうしたらなんだか心が真ん中になるんです。真ん中って、なんか安心するでしょ。学級委員と万引きで、バランスをとってたんですよ。」
駅員「わかったんですけど、何の話ですか?」
謎 「学級委員の時の癖で、こういう役割、いつも引き受けちゃうんですよね。介抱役みたいな。」
駅員「はぁ。」
謎 「話聞いてます?」
謎 「そんで、猫を殺したんですよ。」
駅員「え?」
謎 「バスに乗ってたらね、目の前に赤ちゃん連れた女の人が座ってたんです。」
駅員「え?」
謎 「ベビーカーに乗ってる赤ちゃんと私、ずっと目合ってて。ほら私、赤ちゃん好きじゃないですか。」
駅員「いや知らないです。」
謎 「それで、赤ちゃん、ぐずり出して、お母さん慌てて立って、あやしだして。そしたらそこに、その空席に、男の人が座ったんです。信じられますか?」
駅員「んーそうですね、」
謎 (駅員を遮って)「ですよね、許せないですよね。それで言ってやったんです。今そここのお母さんが座ってたんですよ。そんなん横取りじゃないですかって。そしたらまぁすぐ譲ってくれて、解決したんです。どう思います?」
駅員「どうって、うーん。」
謎 「まぁそれで、善いことしたんで、猫を殺しました。」
駅員「いやちょっと、冗談だとしても怖いですよ。」
謎 「(少し笑って)そうですかね。(女の方を向いて)ほらもう、いい加減起きて。おんぶするよ、いい?」
女、いいともわるいとも取れる返事らしき声を出す。
謎、女をおぶる。
駅員「これはどっちですか。」
謎 「え?」
駅員「プラスとマイナスというか、その、どっちですか。」
〈謎、誤魔化すように笑う〉
謎 「失礼します。」
謎、女を背負ってはけていく。
駅員、謎の後ろ姿に声を掛ける。
駅員「失礼ですけど、その方のお名前は。」
謎、駅員の方をゆっくりと見る。
謎「知りません。」