青の時間の中で

晴れている。青色のハチマキを巻いた男子高校生が3人(正面から3人に正対して見て右にこうちゃん、真ん中に谷崎、左にいっちー)、並んでいる。3人の足には同じ濃さの青色をした紐が結ばれている。土のグラウンド。一周が200メートル程のトラックを作ることができる広さがある。
周りにはまばらに人がいるが、3人は、今ここには自分たち3人しかいないと、無意識に感じている。
3人は、真っ直ぐ立てば、60メートルほど先にある緑色で背の高いフェンスに正対する。ただ、3人の目線は自分たちの足元にあるため、視界には映らない。

谷崎     「じゃあいくぞ」
こうちゃん  「おう。」
いっちー   「おっけい。」
谷崎     「せーの、いっち…!あぁもう。言ったじゃないか。」
こうちゃん  「あれ?」
谷崎     「いちは右、にが左だってば!」
いっちー   「どんまいどんまい。」 
谷崎     「いっちーも足を出すタイミング合わせて。様子見ながら足出されるとちょっともつれる。」
いっちー   「ごめん。」
谷崎     「じゃあもう一回。いくよ?」 
こうちゃん  「うん。」
谷崎     「せーの、いっち!おいおいおい!ストップ!」 
こうちゃん  「俺は合ってたよ!ちゃんと右出した。」 
いっちー   「俺は左出したよ。」
谷崎     「ならだめじゃん。俺浮いちゃったじゃん。なんで左出すのよ。」
いっちー   「だって谷崎はいちで左出すじゃん。」
谷崎     「あのね、俺のいちはにで、にはいちなの。こうちゃんといっちーのいちはいちで、にはにでいいんだよ。」
いっちー   「どういうこと?」
谷崎     「俺がいちって言ったらとにかく右出して!にっていったら左をだして!」  
いっちー   「え、俺のいちは谷崎にとってのにってこと?」
谷崎     「それもそうだし、いっちーのには俺にとってのいち。」 
こうちゃん  「位置?変わったほうがいいってこと?」 
谷崎     「お前は話を聞け。」 
こうちゃん  「すまん。」
いっちー   「一個いい?」 
谷崎     「なにさ。」
いっちー   「いちとに、どっち先?」 
谷崎     「日本では、いちが先なのが、だいたい相場だと思うよ。」 
いっちー   「そうか。了解。」 
谷崎     「じゃあもう一回。せーの、いっちに、いっちに、そう、いいね。いっちに、いっちに。一回止まろう。」

15メートルほど進み、止まる。フェンスはまだ遠いが、最初の位置に比べると随分と遠いところまで来たように感じる。少しだけ自信がつき、3人の目線が上がる。フェンスの手前にくすんだ赤色のコーンが置いてある。

いっちー  「楽しい!俺たち優勝できるかな。」 
こうちゃん 「問題はこの後のターンだよな。」
いっちー  「あそこのコーンのところだよね?どっちまわりだっけ?」
谷崎    「えっと、時計回りだから、左から回る。続けていける?水飲む?」
こうちゃん 「一回水飲んできていい?」
谷崎    「休憩しよう。外せる?俺固く結んじゃったかも」

足の紐を外し、その場に置いてグラウンドのすぐ近くの水飲み場まで歩く。やはり晴れて
いる。3人は並んで水を飲む。

いっちー  「おい、ちょっと飛んだ!」 
こうちゃん 「え?こんなふうに?」 
いっちー  「やめろってば。」 
谷崎    「俺にもとばっちり。」
こうちゃん 「あはは、ごめんごめん。」

先ほどの位置に戻る。晴れている。こうちゃんと谷崎の足を、いっちーが結ぶ。

こうちゃん 「いてててて。そんなにきつくしなくたって。」 
いっちー  「さっきのお返し。」 
谷崎    「俺にもとばっちり。」 
いっちー  「それはすまん。」 
谷崎    「じゃあいくか。さっきより早いペースで、あそこを左から回って、戻ってこよう。」
いっちー  「おっけい。」 
こうちゃん 「まかせろ。」 
谷崎    「せーの、いっちに、いっちに、いっちに、いっちに。」 

くすんだ赤色のコーンにたどり着く。そのまま進む。

谷崎    「(他二人のスピードにブレーキをかけながら)止まって止まって。いっちー、速すぎる!」 
いっちー  「おう。だめか?」
谷崎    「こうちゃん追いつけないから。」 
いっちー  「それはこうちゃんの努力不足じゃん。」  
谷崎    「いや、こうちゃん外側だから、走る距離長くなる、から、遅くなるのは仕方ないよ。」
いっちー  「そうなのか!」
谷崎    「いっちー義務教育ちゃんと受けた?」 
こうちゃん 「ちょっとさ、不公平じゃない?俺それ聞いてないんだけど。」 
谷崎    「こうちゃんもなんで知らないんだよ。」 
こうちゃん 「俺一番内側がいい。」 
谷崎    「だってよ、いっちー。代わる? 
いっちー  「いいよ。でも、そうなると、どうなるんだ?俺のいちはいちのままでいいのか?」
こうちゃん 「俺の位置なんだから俺のいちをやれよ!」 
谷崎    「いやなんでぐちゃぐちゃになっちゃうんだよ。こうちゃんのいちはいっちーのいちだし、いっちーのにはこうちゃんのにだよ!」
いっちー  「ん?」
こうちゃん 「どういうこと?」

晴れている。隣の小学校のチャイムが聞こえる。

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