能登半島の大雨はまさにこれまで経験のない大雨だった
雨量の凄さの伝え方として、雨量の絶対値はそのリスクを直感的に理解しにくいところがあり、テレビでは月の平均降水量と比べられることが多いのですが、その意味するところは実はよくわかりません。私としては、この地域での過去の記録と比べることが一つのアプローチかなと考えています。実際、球磨川の水害など豪雨災害では、過去の記録より段違いに雨量の多い記録が出たときに大きな災害が発生しています。また、大雨の頻度の高い地域とそうでない地域では同じ雨量でも大雨災害リスクは大きく異なりますので、その意味でも同じ地点での過去の記録との比較は重要です。気象庁から提供される大雨災害リスク指標である、「キキクル」の基本思想もそうです。
一方、過去に経験のない大雨、という言葉が聞き慣れてきて、なんだかいつも過去に経験のないことが起きるのは変じゃないか、という声を聞きます。まず、このような表現をみたり聞いたりした際には、その地点での記録の統計期間を確認してみてください。最大瞬間風速など10数年程度の統計期間での最大値が出たくらいで、観測史上なんとか、というニュースになったりします。また、過去の記録を超えるとしてもそれがどれくらい超えているのか、これはこの記事で解説します。また、こうした極端な現象というのは今回の能登半島北部、のように局地的に発生しますので、広い日本列島のどこかで経験のないような現象が発生することが毎年のようにあってもおかしくはありません。少なくともその地域では経験のないような記録です。
輪島での3時間降水量について、今回の記録を過去の記録と比較してみました。3時間降水量の記録が取れるのは、1976年以降なので、50年弱の期間での記録となります。
過去の記録では90mmから120mmくらいでどんぐりの背比べなのですが、今回は220mm、段違いです。過去に経験のない大雨という言葉、あまり乱発してほしくないのですが、今回はまさにそういうべき大雨です。
こうした3時間雨量の記録はアメダスの開始以降で記録が整っていますが、輪島はもともと測候所であり、アメダス開始以前の記録も残っています。3時間雨量は1976年以降の統計なので50年弱の統計期間ですが、輪島の日雨量については1929年からの統計期間となっています。95年と3時間雨量の2倍程度の期間になっています。
100年近くの統計期間でみても、2位以下の観測結果のどんぐりの背比べと異なる特別な値、特異的な観測値になっていることがわかります。特異的な観測値というのは、過去の観測結果からの外挿が困難なので、災害の事前の備えとしてこれをどう評価するかが重要な課題です。気象専門家の役割としては、なぜこのような特異的な大雨が降ったのか、これを分析していくことが重要だと思います。
このような特異的な大雨は昔もあります。滋賀県の彦根では、1896年に600mm近い日雨量の記録があり、2位以下は200mm以下でどんぐりの背比べなので、今回以上に特異な記録になっています。琵琶湖の大水害と呼ばれて、琵琶湖の水位が3.67mも上昇して周辺は田畑はもちろん村落も水没した大水害になりました。
どんぐりの背比べから突き出した値を出すような現象はどのようにして発生するのか、重要な研究課題かと思いますし、こうした現象に対して人工知能や機械学習はアプローチがありうるのか、こちらも重要な論点です。
なお、日界で区切る日雨量ではなく、日界をまたいで発生する24時間雨量の記録の方が科学的な評価としてもまた災害リスクとの関係からも重要ではないかというご意見もあろうかと思います。24時間降水量の記録には連続的な観測が必要となりますが、アメダス以前は雨量観測は人力で実施されており、連続的な観測は系統的には実施されていない、という背景から、日降水量という記録となっていることを理解いただければと思います。
この小文ではほんの一部にしか触れていませんが、こうした過去の観測統計の重要性を理解いただけたことと思います。ここで、気象庁の観測が戦争中も含めてなるべく同一地点で継続的に遂行され、また観測手法の違いによる評価もある程度できていること、さらには昔の手書きの観測結果をデジタルデータとして活用できるようにしてきたことなど、地道な仕事あっての成果ということもご理解いただければ、元気象庁観測部長としてもありがたいです。
それにしても、こんな凄まじい特異的な大雨記録が正月の大地震で壊滅的な被害を受けた能登半島北部で発生してしまったことには、言葉が出ません。行方不明の方々が無事救出されること、そしてリスクの高い中で救護救援にあたる方々の安全を祈ります。
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