インド古典文学の名作『シャクンタラー姫』のあらすじ紹介&図像解説
『バーフバリ』シリーズのクマラ役のスッバラージュさんがあの『シャクンタラー姫』を映像化した映画『Shaakuntalam』に登場すると聞いて、これはあの古代インドのカーリダーサ大先生の戯曲『シャクンタラー姫』を布教しなければ!と思ったけど、有名な翻訳本が古本屋でも見つかりにくい状態なので、あらすじをまとめた記事を作ったよ。
ちなみに全部で1万字超えてる記事なので長いです。
ネタバレありです。オチまでは無料で読めるようにしてます。
有料部分には絵の解説や物語の背景、あらすじには入れてない登場人物のことなどを書いてますのでそちらもあわせてどうぞ。
戯曲『シャクンタラー姫』とは
シャクンタラーというのは叙事詩『マハーバーラタ』の挿話に登場する姫様の名前だ。『マハーバーラタ』には、聖仙と天女の間に生まれた高貴なシャクンタラー姫様が、ドゥフシャンタ王と出会って結ばれ、そのごいろいろあってハッピーエンドになる、という話が入っている。『パドマ・プラーナ』にも入ってるらしい。短いけどロマンスのエキスを凝縮したようなお話で人気がある。
この話をもとに、古代インドのグプタ朝の宮廷に仕えていたらしいカーリダーサという作家が二次創作したのが戯曲『シャクンタラー姫』である。(正式名称は『アビジュニャーナ・シャークンタラ』)
『マハーバーラタ』だと神様が登場していいかんじに話をまとめてしまうのがちょっと気に入らなかったのかもしれないカーリダーサ先生が、「呪い」や「指輪」などのアイテムを効果的に使って作り直したってかんじだ。
日本語でも翻訳されていて、岩波文庫の辻直四郎訳『シャクンタラー姫』、ちくま書房『世界文学大系 インド集』内の田中於菟弥訳『シャクンタラー』がとても有名。
河口慧海訳は『シャクンタラー姫』(河口慧海著作選集〈4〉)として慧文社から2009年に改訂版が出版されている。10年以上前の本なので通販サイトには在庫がないが、気になる人は出版社に問い合わせてみてもいいかもしれない。
ただ、国立国会図書館のサイトで河口慧海訳の『印度歌劇シヤクンタラー姫』は無料で読むことができるので、大正13年の本のスキャンでよければ、とても読みにくいけど、内容を確認することはできる。
『シャクンタラー姫』の主な登場人物
◇ シャクンタラー
大聖仙ヴィシュヴァーミトラと天女メーナカーの間に生まれた娘。両親に育児放棄されたため、カンヴァ仙が引き取って育てている。
◇ ドゥフシャンタ王
ハスティナープラ(マハーバーラタにも登場する古都)の王様。勇気も美しさも徳もすべてを兼ね備えた素晴らしき王様。由緒正しきプル(プール)族の王。
◇ プリヤンヴァダーとアヌスーヤー
シャクンタラーの女友達。わちゃわちゃしててかわいい。王様とシャクンタラーの恋を応援する。
◇ カンヴァ仙
シャクンタラーの養父。とても偉い。マーリニー川(ガンジス川の支流)の近くにある苦行林に住んでいる。
◇ ドゥルヴァーサス仙
とても偉くて有名な聖仙だけど短気。シャクンタラーに無視されたことにめちゃ怒って、彼女の想い人である王様に呪いをかける。
◇ マータリ
インドラ神の使者。空飛ぶ神の馬車を操る。
◇ マーリーチャ仙
大聖仙カシュヤパのこと。ブラフマーの孫。人類や神々や魔族たちの父でもある。創造主プラジャーパティ。登場人物のなかで一番偉い。神より格上。
『シャクンタラー姫』のあらすじ
あらすじというより、原典をもとに物語風にまとめてみたよ。
二人の出会い
ある日、森に狩にきたドゥフシャンタ王は、苦行林に迷い込み、そこで若い女性たちが話をしている様子をみかけました。
おそらく修行者の娘だろうと思って彼女たちの様子を遠くから眺めていましたが、そのなかの一人に王様は目を奪われました。
その娘の美しさと艶かしさ、清らかさを併せ持った様子は、宮廷にいる美女たちも色褪せるほどで、人間とは思えないほど素晴らしい魅力に溢れていました。友達との会話もとても楽しく、彼女が賢いことがわかり、ますます好きになりました。
話によると、娘の名はシャクンタラー。大聖仙と天女の子でありながら、両親から捨てられたため、カンヴァ仙によって森の奥で育てられた女性だと知りました。カンヴァ仙が旅行中で留守の間、シャクンタラーが仙人の庵を守っており、女友達と一緒にお勤めとして植物に水やりをしていたのでした。
彼女の虜となった王様は、身分を隠して女性たちに話しかけます。
王様とシャクンタラーたちの間では楽しい会話が弾みますが、その後王様を探しにきた部下たちの声で、王様の身分が嘘だとバレてしまいます。
苦行林を狩りで荒らすのはよいことではありません。
王様は仕方なく彼女たちと別れを告げ、森を出ました。
しかし、王様はどうしてもシャクンタラーを忘れることができません。都に帰る気にもなれず、部下に文句を言われながらも森の近くに留まり、なんとかしてシャクンタラーに会えないか森を散策する日々。
狩りで森を荒らすのも躊躇われ、鹿の優しい目を見るとシャクンタラーを思い出すので、狩りはやめて苦行林で悪さをする羅刹(ラークシャサ。地上に住む魔物)を退治するなどして時間をすごします。
シャクンタラーのほうは、素敵な王様に一目惚れしてしまい、胸がいっぱいになってご飯もしっかりたべることができません。重い恋の病にかかったシャクンタラーはついに寝込んでしまいました。
勘がよい女友達、プリヤンヴァダーとアヌスーヤーは、王様とシャクンタラーが両片思いだと気づき、二人が会えるようにとりなします。
恋する女性にやっと会えた王様は、想いのたけをシャクンタラーに打ち明けました。シャクンタラーは王様の告白に驚きますが、お互いの気持ちが同じだとわかり、二人は将来を約束して結ばれました。
バラモンの娘であれば結婚には親の許可が必ず必要ですが、シャクンタラーは違いましたし、王族であれば自分の意思で結婚することが許されていました。そのため、結婚式をあげなくても、二人は正式な夫婦となりました。
いよいよ王様の旅立ちの日がきました。王様は、大切にしている指輪をシャクンタラーに渡して、必ず迎えにくると約束して都に戻って行きました。
さてシャクンタラーのほうは、愛する人がいなくなったために気もそぞろで、お勤めにも力が入りません。
ある日、短気で有名なドゥルヴァーサス仙が庵を訪れますが、シャクンタラーはぼんやりしていて高貴な訪問客に気づきませんでした。
シャクンタラーの態度に怒ったドゥルヴァーサス仙は「私に気づかないほどそなたが思い焦がれるその者は、そなたのことを忘れてしまうであろう」と呪いをかけました。(シャクンタラーはずっとぼんやりしていて、呪いをかけられたことも理解していない)
その様子をみた友人たちは、あわててドゥルヴァーサス仙にかけより「どうかシャクンタラーがいままで捧げた真心に免じて許してください」とひれ伏しました。
かわいそうに思ったドゥルヴァーサス仙は「呪いを取り消すことはできないが、指輪をみたら思い出すようにしてやろう」と呪いを上掛けしました。
では指輪さえ持っていれば大丈夫だろうと、ほっとした友人たちは、この呪いのことをシャクンタラーには告げませんでした。王様がいなくなって悲しむシャクンタラーをこれ以上不安にさせたくなかったからです。
王に会いにいくシャクンタラー
数ヶ月後、シャクンタラーの養父であるカンヴァ仙がやっと旅から帰ってきました。友人のアヌスーヤーは、シャクンタラーが妊娠していることをどうカンヴァ仙に伝えるか悩みます。
しかしカンヴァ仙はシャクンタラーに会う前に、彼女が誰の子供を宿しているのかを神様から聞いていました。カンヴァ仙はとても喜びました。大事に育てた養女が素晴らしい王様の妃となることがわかったからです。
カンヴァ仙は、女神からもらったアクセサリーをシャクンタラーに渡しました。二人の友達はシャクンタラーの門出を喜び、彼女を美しく着飾りました。しかしとのとき彼女たちは「必ず指輪を王様に見せるのよ」と何度も念を押しました。
そしてカンヴァ仙は、苦行林の修行者たちに愛する娘を託し、都へ送り出しました。
さて王城では、ドゥフシャンタ王が仕事をしていると、苦行林の修行者たちが有名な聖者であるカンヴァ仙の言伝をもって女性を連れてきたと聞き、不思議に思いながらも会うことにしました。
ドゥフシャンタ王は呪いのせいでシャクンタラーのことを全く覚えていませんでした。カンヴァ仙の使者から「この娘との結婚の約束をはたしてほしい」と伝えられましたが、どうしても彼女のことが思い出せません。
シャクンタラーは王様に会えてとても喜びました。
しかし、王様は妊娠している様子のシャクンタラーを見て眉を顰め、
「私はその女を知らないし、結婚した覚えもない、子供ができるようなことをしてない。私の子供じゃない」と突っぱねました。
怒ったシャクンタラーが「約束したのに、無邪気な私を騙したのですね、あなたは王様に相応しくない!」というと、さすがに王様も
「証拠があればみせてみろ」と怒りました。
シャクンタラーは証拠の指輪を見せようとしましたが、ふとみるといつもみにつけていた指輪がありません。城にくる前に水を飲んだとき、水の中に落としてしまっていたのです。
証拠の指輪がないため、王様の記憶も戻りません。
結局シャクンタラーは嘘つき女として、王様のいる部屋から追い出されてしまいました。一緒に付き添ってきてくれた修行者たちも、王様の態度を見て、家門をよごすような女は森に連れて帰れないと言われ、シャクンタラーは打ちひしがれます。
これを聞いた王様は、いくら嘘つきとはいえ、女のことがかわいそうになりました。子供が生まれるまではここに留まったほうがよいという宮廷祭官の言葉の通り、彼女を城にとどめようと命令を出しました。
しかし、時すでにおそく。悲しみのあまり泣き出したシャクンタラーは、光に包まれたままその場から忽然と姿を消してしまいました。
シャクンタラーを思い出す王様
あの奇妙な事件から数年後。
自分の子を妊娠したと城までやってきたけど、突然消えてしまった美しい女性。王様はときおりその女性のことを思い出しては、腑に落ちない、なんだかいやな気持ちになっていました。しかしその原因はわかりませんでした。
そしてある日のこと。
とある漁師が、魚の腹から出てきた立派な指輪をみつけて喜びました。この指輪を売れば大金が手に入ると思ったからです。しかし漁師は泥棒だと勘違いされてすぐに捕まってしまいました。その指輪は、ドゥフシャンタ王がシャクンタラーに渡したあの約束の指輪でした。
指輪には王様の名前が彫ってあったので、指輪はすぐに、王様のもとに届けられました。
指輪をひとめみた王様は、突然シャクンタラーのことを思い出しました。
そして、シャクンタラーとの出会い、逢瀬、彼女を拒絶して追い返したこと全てが脳裏に蘇ります。
どうして愛する妃を忘れてしまったのかまったく理解できませんでしたが、自分がしたこと、自分のひどい言葉を激しく後悔しました。
指輪のお礼にと漁師に自分の腕輪を渡した王様は、深い後悔のために塞ぎ込んでしまいました。あの事件からはもう何年もたっていて、シャクンタラーを探そうにもどうにもなりません。
王様は、自分が覚えている彼女の姿を絵に描きました。そしてその絵を眺めながら、かなしくため息をつきました。王様は元気がなくなり、痩せてしまいました。部下たちも王様を心配しました。
そんなとき、王様のところにインドラ神の使者マータリがやってきます。彼はインドラ神から「カーラネーミという魔族の子、ドゥルジャヤという魔物を退治してほしい」との言伝をもってきました。
王様の弓の腕は素晴らしく、魔物退治をしていたこともありました。神様からの依頼であればと、王様は弓をもって使者の戦車に乗り、戦場へと向かいました。
大団円(ここにはオチバレがあります)
魔族との戦いを無事に終え、インドラ神に接待をうけた王様は、国に帰る途中にインドラ神の父でもある大聖仙マーリーチャ(カシュヤパ)が住む、ヘーマ・クータという修行者たちの集まる場所に立ち寄ることになりました。
そこで王様は、ライオンと遊んでいる不思議な子供をみかけました。
ライオンに物怖じもしない様子の子供を見て、なんともいえない胸騒ぎがした王様は、近くにいた修行者の女性にあの子供が誰の子なのか聞きました。
女性は、子供とよく似た男性を不思議がりながらも、「この子供は偉大なプル族の血をひいていますが、天女と聖仙の縁につながる者なので、このヘーマ・クータにいるのです」と答えました。
王様は、子供の父親は誰かと問いましたが、「正当な妻を捨てるような男の名前は言えません」と言われ、あまりにも思い当たる節がありすぎる王様は(あーーぜったい俺の子だ…)ってなります。
そのとき、子供が落としたお守りをうっかり拾った王様を見て、周りの人はびっくりします。もし子供の親以外がそのお守りに触れたら、お守りは蛇になって相手を咬むという術がかけてあったからです。
お守りの話を聞いた王様は、この子供は自分の子だと確信して、喜んで子供を抱き寄せます。しかし子供は声をあげました。
「おじさんなんて知らない!ぼくのおとうさんはドゥフシャンタだ!」
そこにシャクンタラーがやってきました。
シャクンタラーは王様をみて驚きます。あんなひどい言葉をかけた王様が、まさか神々たちの住まう場所にまでくるとはおもってもいなかったからです。シャクンタラーが消えた理由は、泣いているシャクンタラーを可哀想におもった天女である母親のメーナカーが、天女の世界に連れて行ったからでした。
王様はシャクンタラーに何度も謝罪し、あのときは彼女をなぜか忘れてしまっていたことを告げ、どうか自分を許してほしいと彼女の足元に身を投げて願いました。シャクンタラーは、ずいぶんとやつれた様子の王様を見て、王様を赦します。
インドラの使者マータリにすすめられ、三人は、大聖仙マーリーチャに会いに行きました。全てを知っていた大聖仙は、ドゥルヴァーサス仙の呪いがどういうものだったか二人に告げ、呪いが二人を引き裂いたことを伝えました。
それまで呪いのことを知らなかった二人は真実を知りました。
王様は愛する女性を忘れてしまったのが自分のせいではないことを知り、理由がわかって安心しました。また、シャクンタラーは、友達が「王様に会った時に必ず指輪を見せるように」と念を押した意味がようやくわかったのでした。
ドゥフシャンタ王とシャクンタラーと息子のバラタは、神々に祝福されました。インドラ神の戦車にのって国に帰った3人は、末長く幸せにくらしました。そして息子バラタは、あの偉大なバラタ族の祖となったのです。
おしまい。
『シャクンタラー姫』の背景
『シャクンタラー』はインド文学の中で最高傑作とされている。
1789年、サー・ウィリアム・ジョーンズがこの演劇を英訳し、ヨーロッパに紹介したことでも有名だ。『シャクンタラー物語』は戯曲、つまり演劇だ。小説ではないので、台詞がすべて。ただそのせりふがとてもかっこいい。感想にも書いたけど、お話としても面白い。
作者のカーリダーサは古代インドの作家で、さまざまな名作を出している。『シャクンタラー姫』のほかにも『公女マーラヴィカーとアグニミトラ王』や『ヴィクラマ王に契られし天女ウルヴァシー』などがある。
カーリダーサはたぶんグプタ朝時代の王様につかえていたんだろう、4〜5世紀くらいの間の人物だろう、とされている。生年月日とかはよくわかってない。そして例に漏れずこのシャクンタラーもいろんな版があって、内容もちょっとづつ違うらしい。古代インド古典あるある。現在のところ四種類の異本がある。
歴史的な背景を説明すると、4〜5世紀ごろというのは、北インドにグプタ朝がおこり、ヒンドゥー教を中心とした文化が花開いた時代だ。
シャクンタラーを書いたカーリダーサ先生のほかにも有名な作家の戯曲はたくさんあって、南インドのほうでも宮廷文学が栄えていた。
グプタ朝と縁戚関係にあった南部のヴァーカータカ朝の有名な遺跡には、あのアジャンター石窟がある。アジャンターは仏教遺跡だが、壁一面に描かれた宮廷の様子を描いた壁画は、当時の華やかな文化をあらわしている。
シャクンタラーを描いた絵を解説してみる
『シャクンタラー』をイメージした絵もたくさん描かれていて、とくに有名なのが近代インド絵画の父であるラヴィ・ヴァルマーによる作品たちだ。
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