一目惚れ
「全部塩で、お願いします」
軽くパーマのかかった黒髪、少し味付け薄目の端正な顔立ち、気取らない服装、低すぎないけどちょっと低い、ニクい声。
完全に一目惚れだった。
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大学に入って、何となく入ろうかなと思っていたバンドサークルの新入生歓迎会にいる私。一年生の女子というだけで、いろんな先輩が話しかけてくるが、みんな「いい人そうだな」とか「話合わせないと」とかそんなことしか考えていなかった。
ひとしきり落ち着いて、隣に座っていた同じく一年生の女子と何気ない会話をしている時だった。急にその女子が声を潜めて、真後ろの卓を指さしながら、
「今後ろに座ってる先輩、なんかサブカルって感じでめっちゃカッコよくない?」
自分の真後ろは死角だった、どんな人がいるのかも全く把握していなかったのでこっそり振り向いてみると、ちょうどその横顔だけが見えた。それだけで、心臓の鼓動は幾分か鳴りを速めている。
「焼き鳥の盛り合わせですね、味付けはタレか塩か、どちらになさいますか」
彼は食い気味に、全て塩でと答えた。周りの男女たちは、タレと半々にしろよなどと騒ぎ立てていたが、私は目が合わないように急いで身体を元に戻して、俯ぎながら気持ちを落ち着けていた。
そこからは背後の会話を、それこそ隣の女子と一緒に聞き耳を立てていた。ずっと黙っていても不自然だから、もちろん時々くだらない雑談を挟んではいたが。「映画が好きすぎて映画館でバイト」「阿佐ヶ谷に住んでいて、よく西荻窪で遊んでいる」「万年金欠だけど、酒とたばこと服を買うのはやめられない」、俯瞰してみればこんなの典型的クズ大学生みたいなものなのだが、私にはそれが気味が悪いくらい心地よかった。私はこれを求めていたんだ、感性は間違っていなかったんだ、と言わんばかりに。
「彼女?…この前別れちゃったんだよね」
意味もなく私の体は硬直した。正直、彼女は絶対いると思っていた。でもこんなに気になってしまう気持ちをどうしようか、遊び相手でも構わないと思ってしまいそうな自分をどうにかやっつけてやりたかったのだ。しかし急転直下、事態は急変した。まだ話しかけてもいないのに、まるで告白する直前みたいな感情に襲われる。
「…そうそう、だから今はフリーってこと。え?好きなタイプ?そうだな…」
これ以上ないくらいに聞き耳を立てる。今だけ、他の人間たちの声帯を奪ってやりたいくらいだった。
「俺のことをめっちゃ好きでいてくれる人かな」
はい、私です。まさに私、私しかいない。今すぐここで告白したいくらい、大好きです。今日初めて会った、それどころか話してすらいないのに?関係ない、私が好きだと言ったら好き、好きなのに理由なんていらない。
私はその場ですぐにサークルの代表に直談判し、入部を決めた。そこからというもの、うまい具合に悟られぬよう彼と距離を縮めていこうと尽力した。偶然を装って部室で会うために授業もないのに朝から晩まで待ち続けたり、狂ったように映画を見続け、しまいには彼の働く映画館に遊びに行ってしまったり。本当は毎日でも通いたかったが、それではストーカーになってしまうと思い、月1くらいにとどめた。
彼は実際に金欠だったようで、サークルの飲み会への参加頻度は少なかった。ある日飲み会で一緒になった時に、財布と睨めっこをする彼にそっとその日の1人当たりの会計分を差し出した。びっくりしながら「いいよ」という彼に、バイトでボーナスが入ったというどうでもいい嘘をついた。
後日、彼から連絡が来た。「お礼がしたいので美味しいもの食べに行きませんか、もちろん奢ります」と。天に舞い上がるような気持ちだった。出来るだけのおめかしをして、向かったのはおしゃれな個室の焼肉屋。お金に余裕はないはずなのに、こんなところに連れてきてくれたのはもしかして、なんて虫が良すぎるだろうか。
その日の彼は、いつにも増して素敵だった。服装も、いつものくたびれた古着ではなくて、オフィスカジュアルのようなもので、それもまた非日常感を味合わせてくれる。見惚れる私に苦笑いする彼、気持ちはどうにも収まりそうになかった。
一通り食べ終わって、ひとときの沈黙が流れた。食事中は、これ美味しいねなどとつなぎながら会話を止めないよう必死だったが、それが終わってしまうと何を話せばいいのかわからなくなってしまった。彼も口数は多いほうではない。どぎまぎしていると、彼が重い口を開いた。
「あの…実は俺…」
この1フレーズだけで、この後のパターンが幾通りも浮かんだ。最高のケースから、最悪のケースまで。私は居ても立っても居られなくなった。今までの人生、ずっと受け身だった私が、今ここで動かなければ後悔すると強く思った。
『好きです、一目見たときからずっと。大好きです』
彼は目を丸くして、私を見つめた。少ししてからにっこりと笑って、
「------」
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新入生歓迎会、1年に1度の飲み会イベントに俺は必ず参加していた。このサークルは毎月何かにかこつけて飲み会を開催しているが、それにはほぼ参加しない。その代わり、1年の始まりであるこの会には必ず顔を出すと決めている。
「今年の新入生と話した?どうよ」
少し遅れて参加したため、まだ同期としか話せていなかったため、辺りをキョロキョロと眺めてみる。今年はそんなに気になる子はいなそうだな…、そう思い半ば諦めながら枝豆を酒で流し込んでいると、隣にいた1つ下の後輩がそっと耳打ちしてきた。
「先輩の後ろにいる1女、めっちゃ先輩のこと気にしてますよ。あれは脈アリじゃないっすか」
バレないように背後を確認すると、コソコソ話し合う女子2人。一人はいかにも女子大生という感じでパッとしなかったが、もう片方に目が止まった。特別可愛いわけでもない、服装も何なら少し田舎臭い。ただ、彼女が身に着けている腕時計は、かなりの高級品に見える。
100%ではないが、かなりの確率で実家が太い子だと見受けられる。再確認したが、顔も悪くはない。俺は内心ガッツポーズをして、その日は彼女に何もアクションは起こさずに帰った。ただ、彼女に聞こえるような声量で自分のことをたくさん会話に混ぜ込んでおいたし、後輩には、彼女の情報を調べておくように伝えた。
自分の予想は当たっていた。彼女は実家が九州にあり、父親は県議をやっているとのこと。若干過保護なほど親に育てられてきたため、ファッションなどには疎いが、親からもらった腕時計だけはずっと大事にしている。それが数百万円する時計だとも知らずに。
そして、考えているより簡単に事は運びそうだった。働いている映画館にはたまに来るようになったし、あからさまに俺に会うためだけに部室に来たりしていた。そのたびに好きなファッションなどを話すと、会うたびにその服を身に着けるようになっていった。
夏休み終わりのサークルでの飲み会で、俺は勝負に出た。わざと彼女の近くに陣取り、会計になった時にお金が無く払えないような素振りをして見せた。すると、彼女はすかさずお金を貸してくれた。ここで、俺の気持ちは完全に決まった。この子に決めた。
その飲み会の帰り、後輩が近寄ってきた。
「先輩、あの子どうでした?」
「うん、結構いい感じ。あの子にするわ」
「マジっすか、上手く行ったら酒奢ってくださいね」
「酒どころか、焼肉くらい御馳走できると思うわ」
後輩は満面の笑みで去っていった。去年もそうだった。今年は、もう少し長く使えるといいんだけどな。
少しして、あの時の会計のお礼という名目で少し値段の張る個室焼肉を予約した。実際金欠でこんなところ行けるわけもないのだが、こういう時には金を掛けるべきだと過去の経験で学んだ。大体ここにしておけば外さない自信がある。
彼女は精一杯であろうオシャレをして来た。やっぱり、可愛いというわけではないが、まあ隣を歩かせてもストレスは無さそうだ。服も基本的には自分好みに染め上げているし、メイクだって遠回しに好みを伝えていたから。もはや、俺好みの着せ替え人形のようなものだ。
彼女は何も気づかず、高級焼肉を堪能している。こんな金払いたくないが、今後のことを考えれば仕方ない。それ以上の見返りがあるはずなのだから。
食べ終わって、彼女から何か言いだすのを待っていたが、もじもじして一向に喋り出そうとしない。さすがに俺も痺れを切らして、助け舟を出してやった。
「あの…実は俺…」
彼女はびっくりした顔で俺を見た。途端に慌てだして、半分ほど残っていた酒を一気に流し込み、覚悟を決めたように言い放った。
『好きです、一目見たときからずっと。大好きです』
俺はほっと胸を撫で下ろした。完璧、この目は完全に俺に惚れている。ちょうど遊ぶ金も尽きてきたし、買いたいものも沢山ある。流石に少しは申し訳ないと思うけど、そこは勘弁、遠慮なくしゃぶり尽くさせてもらいます。
「嬉しい、俺も一目惚れだったよ」
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