名前で運勢が変わるか?(14):名前の共感覚的イメージ
共感覚と呼ばれる奇妙な現象があります。この特異な感覚の持ち主は、音を聞くと色が見えたり、何かを見たときに音が聞こえたりするそうです。『共感覚者の驚くべき日常』(R・E・シトーウィック著)には、ミントを食べると、滑らかなガラスの円柱の手触りを感じる人まで登場します。[*1]
共感覚は作曲家や詩人に多いらしく、音楽家のフランツ・リストに関して面白い逸話が伝えられています。彼がワイマールで指揮者に任命されたとき、リハーサルの際に「できればここはもっとピンク色に」とか、「黒すぎる」とか、「ここは完全に空色に」などと言って、演奏者を困惑させたそうです。[*2]
●共感覚者の不思議な世界
この感覚が特に鋭い人の場合、言葉や音を耳にしたり、単語や文字を目にすると生々しいビジョンが現れ、独特の感覚的、情緒的体験をするといいます。
シェレシェフスキーという名の記憶術師はこの共感覚が際立っていたため、音や言葉を聞くと、光や色を見るだけでなく、味覚や触覚まで刺激されたそうです。[*3] [注1]
彼の場合、実験を何度繰り返しても、同じ刺激は常に同じような経験を引き起こし、しかも、感覚は明瞭でした。彼の感覚がどのくらい奇妙だったか、本人に語ってもらいましょう。
●名前がもつ人物イメージ
この話が姓名判断と何の関係があるかというと、シェレシェフスキーによれば、同一の名前でも音の響きでその人の印象が全く変わってしまうのです。
例えば、マーシャ、マーニャ、マルーシャ等の呼び方は、ロシア人にとっては同じ女性名の変形だそうですが、彼にとっては全く印象の異なる女性を意味します。
マリーヤは顔が青白く、薄く赤みを帯びており、金髪で体形はがっちりしている。動作は落ち着いているが、目付きが良くない。マリヤは同じタイプだが、肥っていて、頬が美しく、胸が大きい点だけが違っている。
マーシャはそれよりもう少し若く、バラ色の衣服を着たソフトな感じの女性。マーニャは、若くてスタイルがよく、黒い髪とごつごつした顔付きが特徴的。ムウシャは華麗な髪形をしており、どことなく丸みがあって身長は低い・・・。
名前の音が人柄のイメージに影響するという点では、『名前で運勢が変わるか?(13):音がもつイメージの科学的根拠<下>』にでてきた「音象徴」という現象と同じですが、こちらの「共感覚」はイメージがもっと具体的です。名前の響きから、人柄だけでなく、体型や顔色のイメージまで生じるというのです。
「しかし、それはシェレシェフスキーのような特異体質の人に限った話ではないのか?」いえいえ、それがそうでもないのです。共感覚の持ち主は、程度の差はありますが、意外なほど大勢いるのです。
●共感覚はみんな持っている?
共感覚には、「文字を見ると色が見える」とか「音を聞くと味がする」など、たくさんのタイプがあります。そして、どれかのタイプの共感覚を持つ人は、2005年の大規模調査の結果、23人に1人いることが分かったのです。[*4]
このうち「文字を見ると色が見える」タイプが最も多く、90人に1人の割合で見られるそうです。共感覚そのものは特別珍しいものでないことがわかります。
さらに、共感覚は子供時代のほうが明瞭で、年齢とともに徐々に消えていくことが知られています。ひょっとすると、たいていの大人は、忘れてしまっただけで、子供時代にはみんな共感覚を持っていたのかもしれません。
とすれば、大人になってもその痕跡くらい残っていても不思議ではないでしょう。たとえば「黄色い声(金切り声)」という表現は、声の「黄色」を見たことがなくても聞き手に意味が通じるのは、そういうことではないでしょうか。
共感覚研究の第一人者、R・E・サイトウィックも次のように述べています。
●普通の人も無意識レベルで共感覚を持つ
興味深い実験があります。共感覚を持たない人に、音と色の結びつきを適当に選ばせたところ、共感覚者と同様の結果になったというのです。つまり、本人は何気なく選んだのに、まるで共感覚を持っているかのように選択したのです。
とても面白い実験なので、さわりだけご紹介しましょう。ある種の共感覚者は音階を表す「ドレミファソラシ」という言葉に色を感じ、しかもそれが虹色になるそうです。
そこで、あえてドレミファソラシに色を感じない人に頼んで、無理に色を選んでもらったのです。すると、悩みながらも選んだ色が、虹色のようになったというのです。[*5] [注4]
どうやら、無意識レベルでは「共感覚」が働いているのに、多くの人はそのことに気づいていないようです。ということは、誰もが無意識レベルの共感覚的な印象で、名前から他人を評価している可能性があるわけです。
だとしたら、名前がもつ共感覚的な人物イメージについて、もっと真剣に考えるべきではないでしょうか。
●名前がもつ人物イメージの影響力
名前が人のイメージに影響する例として、シェレシェフスキーほど顕著ではありませんが、ジーン・ミロガフという共感覚者が次のように語っています。
この女性は「ジーン」という自分の名前もきらいで、身内の間では「アレクサンドラ」という通称を使っているそうです。というのは、「アレクサンドラという名前がほんとうにきれいな色だから」というのです。
また、『カエルの声はなぜ青いのか?』(ジェイミー・ウォード著)では自分の名前の色が気に入らないSarahやAnneという共感覚者を紹介しています。前者はSarahをCeraに変えたそうです。[*6]
こんなふうに人の名前から色や音を感じる人には(そして、それに気付いていない人も)心地よい名前、不快な名前がいろいろあるに違いありません。
そのことが原因で、ある種の名前がその持ち主に対する印象を良くしたり、悪くしたりするとすれば、画数なんかよりはるかに現実的な影響がありそうです。
とは言っても、実際には共感覚現象に個人差があり、経験や知識が共感覚に影響することも知られています。そのため、たとえば文字や音で見える色も、非常に似通っていることもあれば、人によって違っていることもあります。
というわけで、人柄イメージやその影響力があるとしても、受け手によって必ずしも一様ではないのです。
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「姓名判断」が占い業界で生き残っていくには、根拠の怪しい画数の吉凶に固執していたのでは限界があります。その意味では、共感覚的な根拠にもとづく「新技法」の考案は、アイデアとして悪くありません。
ただ、はたして本当に実用化できるかというと、いろいろ問題があるわけです。少なくとも現時点ではかなり難しそうですね。
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