姓名判断は「旧字体」が正しいってホント?<上>
ネット上の占い情報を検索していて、気になる議論を発見しました。姓名判断で用いる漢字の画数は「新字体」と「旧字体」のどちらが正しいか、といった内容です。
●旧字体を支持する側の主張
このテーマは当ブログでも度々取り上げており、特に目新しい材料はありません。ただ、議論の様子から旧字派(旧字体の支持者)がだいぶ優勢に見えたので、ちょっとだけ新字派(新字体の支持者)に加勢したくなりました。
当ブログは「どちらも同じくらい疑わしい」という立場なので、このままでは不公平に思えたからです。
さて、旧字派の論旨は次の三つです。だから「旧字体が正しい」というのです。
姓名判断の業界事情に通じていない人なら、つい納得してしまいそうな、もっともらしい理屈ではあります。それでは、これらの主張は正しいのでしょうか? ひとつずつ検証していきましょう。
①「漢字の元の字形は旧字体」ってホント?
漢字の新字体は昭和21年〔1946年〕と昭和24年〔1949年〕に正式字体として内閣告示されました。このとき新字体が作られた漢字は480文字あります。
たとえば、旧字体の「澤(16画)」は新字体の「沢(7画)」に簡略化されました。[*1-2]
では、「沢」の元の字形は本当に「澤」なのか? 残念ながら不正解です。「澤」にはもっと古い下記の字形があります。これは篆書という字体ですが、現在でも実印などに使われています。「さんずい」の部分は5画になっています。
漢字の字形は時代とともに変化してきたので、元の字形を遡っていけば、最後は甲骨文字に辿り着くでしょう。こんな漢字学の初歩は、どの入門書にも必ず書いてあります。[注1]
ということで、漢字の元の字形は旧字体ではありません。
②「姓名判断の成り立ちは旧字体が前提」ってホント?
字画数で吉凶判断する方法を「数霊法」といいますが、この方法は明治中期に作られました。
漢字が簡略化されて新字体ができるのは戦後のことなので、数霊法が作られた当時は漢字に新字体も旧字体もありません。(現在から見ての)旧字体しかなかっただけのことで、旧字体を前提にして作ったわけではありません。
そもそも数霊法は「数自体に神秘的な力(数霊)が宿っている」という発想が根底にあります。さらに「漢字にも数霊が宿り、その数霊は画数で暗示される」とするので、「画数が変われば数霊も変わる」と考えたとしても、なんら不都合はありません。
むしろ、「画数が変わっても数霊は変わらない」とする方が不自然でしょう。
ここで旧字体を支持する代表的な占い師の主張を紹介します。「漢字が生まれた時に数霊が込められた。だから画数が変わっても数霊は変わらない」というのです。[注2]
しかし、「漢字が生まれた時」とは いつ の時点を指すのでしょうか。漢字は「ある瞬間」に生まれたわけではありません。字形(画数)も時代とともに変化します。
「漢字が生まれた時」を特定できないなら、「画数が変わっても、数霊は変わらない」という主張も成立しないわけです。
●旧字派と対立する似非旧字派(康熙派)
この問題に関して、もうひとつ気になることがあります。見かけ上の旧字派の中に、旧字体の画数をそのまま用いない、いわば似非旧字派が多いことです。
部首の「さんずい(3画)」を4画、「くさかんむり(旧字体は++なので4画)」を6画などとする流派(「康熙派」と仮称します)のことです。
この奇妙な画数の取り方は昭和前期の占い師、熊﨑健翁氏が広めたものです。彼以前に数霊法で「さんずい」を4画にしたり、「くさかんむり」を6画にする占い師は一人もいませんでした。そのため熊﨑氏は当時の同業者から批判されたのです。[注3-4]
したがって、新字派と対等に議論できるのは、実は本来の旧字派だけなのです。康熙派こそ、「なぜそんな奇妙な方法でよいのか、姓名判断的な合理性を説明すべき立場のはず」ということになるでしょう。
●康熙派の説明に合理性はあるか?
康熙派が「さんずい」を4画にしたり、「くさかんむり」を6画にするのは、康熙字典が漢字の部首分類で「さんずい」を水(4画)の部、「くさかんむり」を艸(6画)の部に入れたからです。[注5]
しかし、康熙字典での部首の扱いは単に分類上のことです。字典編纂に関わった漢字学者が「さんずい」を4画などと認識していたはずがありません。
実物を見れば明らかでしょう。例えば、「海」「浸」なら「水部七画」と表示しているだけです。これは「さんずい」以外の部分が7画の漢字、という意味です。どこにも「さんずい」が4画とは書いてありませんね。
「さんずい」の元の字形が「水」だから4画だというなら、「水」の元の字形は下図なので、5画にすべきでしょう。先ほど篆書の「澤」で見たとおりです。
この字形は『説文解字』という字書に載っている部首です。康熙字典はOKで、説文解字をNGにする理由は何でしょうか。説文解字は康熙字典の元になった字書のはずですが。
いっそ、「さんずい」だけ「水」に戻すような中途半端はやめて、「澤」なら篆書の18画(水偏5画+罒5画+大3画+¥5画)とした方が、まだ受け入れ易いというものです。もっとも、これを言い出したら、最終的には甲骨文字まで遡ることになるのですが。
ということで、康熙派が新字派、旧字派との論戦に参加するには、これらの矛盾点を解決しておく必要があるのです。まずは説得力のある回答で予選突破を期待したいところです。
※つづきはこちら⇒『姓名判断は「旧字体」が正しいってホント?<下>』