未来 2023.7月号より
翡翠は水面を立てり青ののち橙がはや水を離れて
口中に紅き氷菓の溶けてゆくたまゆら舌は死に焦がれつつ
噺家ひとり逝きて二月の中空は突き抜けるごと青しと言うも
沈丁花のはつかに香る裏路地に手裏剣を投げつけられている
雪をはらうしぐさに人はうつくしく回転扉を抜けてゆきたり
季はめぐりつつ花風に痩せてゆくわたしのなかのWuthering Heightsが
聖母子像は象牙の色に艶めきて桜はほそく夜を零れぬ
ヌートバーが塁に出るたび食べたしと思う色濃きカルボナーラを
負け戦ことごとく負けてゆきひとり弥生の雨に透けてゆくらし
春の夜はかなし狐につままれたような話を真に受けており
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