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思い込みの壁を超える ~破執(はしゅう)の智慧が解く固定観念~
「経営者の壁を突破する ―仏教の智慧が照らす道―」④(全12回)
経営者は日々、数多くの判断を求められる立場にあります。しかし、その判断の多くは、自身の経験や価値観に基づく思い込みによって、無意識のうちに制限されていることがあります。
「このやり方が最善だ」「このような方法しかない」といった固定観念が、新たな可能性の発見を妨げているのです。
仏教では、こうした思い込みから解放される智慧を「破執(はしゅう)」と呼びます。
これは、自身の中に築き上げられた固定観念や先入観を認識し、それを解き放つ智慧を指します。
「執着」という言葉が示すように、私たちは知らず知らずのうちに、特定の考え方や方法論に執着してしまいがちです。
例えば、長年製造業で成功を収めてきた企業が、デジタルトランスформーションの波に直面したとき、「モノづくりの会社である」という思い込みが、新たなビジネスモデルへの転換を躊躇させることがあります。
あるいは、「若手にはまだ早い」という思い込みが、有能な人材の登用機会を逃してしまうこともあるでしょう。
破執の智慧は、こうした思い込みの存在に気づき、それを客観的に見つめ直す機会を与えてくれます。
重要なのは、思い込みそのものを否定することではなく、それが本当に現在の状況に適しているのかを、謙虚に問い直す姿勢です。
この智慧を実践するための第一歩は、自身の思い込みを「発見」することです。
例えば、ある判断を下そうとするとき、なぜその選択肢を考えているのか、その背景にある前提は何かを意識的に問いかけてみる。
そうすることで、自身の思考を縛っている固定観念が見えてきます。
特に重要なのは、「当たり前」と感じていることへの疑問です。「これは絶対に変えられない」「このやり方しかない」と思っている領域こそ、実は大きな思い込みに支配されている可能性が高いのです。
破執の智慧は、そうした「当たり前」を掘り下げて考える勇気を与えてくれます。
実践的なアプローチとして、定期的な「思い込み監査」を行うことが効果的です。
例えば、重要な意思決定を行う前に、以下のような問いを立ててみましょう。「なぜこの方法だと思うのか」「他にどんな可能性があるか」「この判断の背景にある前提は何か」。
こうした問いかけを通じて、自身の思考の枠組みを広げていくことができます。
また、破執の智慧は、組織全体の革新にも重要な役割を果たします。
「うちの会社では、それは無理だ」といった組織の思い込みが、イノベーションの芽を摘んでしまうことは少なくありません。
経営者が率先して固定観念に挑戦する姿勢を示すことで、組織全体の思考の柔軟性も高まっていきます。
破執の智慧は、特に危機的な状況や大きな変化に直面したときに、その真価を発揮します。
従来の常識が通用しなくなったとき、固定観念から解放された柔軟な思考こそが、新たな打開策を見出す鍵となるのです。
ただし、これは「すべての既存の考え方を否定する」ということではありません。破執の智慧は、思い込みを認識した上で、それが現在の状況にふさわしいかどうかを冷静に判断する力を育みます。
時として、従来の方法が最適解である場合もあるでしょう。大切なのは、その判断が思い込みによるものではなく、現状に即した主体的な選択であることです。
次回は「慣習の壁を超える」をテーマに、組織の既存の枠組みを超えて革新を生み出すための智慧について探っていきます。
「経営者の壁を突破する ―仏教の智慧が照らす道―」⑤(全12回)