火種だった私
もし吸血鬼が今この国に生まれていたら、それはきっと、とても不運なことだろう。
僕が生きていた世界は消えてしまった。人は消え、都市は廃れ、音がなくなった。それでも世界は朝に包まれ、夜に飲み込まれる。誰とも会話をしなくなって十数年が過ぎた。手元のスマートフォンの日付がそうであることを教えてくれた。画面にヒビが入っているものの、父の名前が入ったソーラー充電器のおかげで、画面が消えることはない。
世界中の優秀な科学者が集まって、日本の技術をもっと活かせる研究所をどこにも公表しないまま東京に完成させたが、ある世界的技術の開発中に爆発。日本国土のほとんどを塵にしてしまう規模だった。この事実を世界に公表できる人間はいない。世界では日本について触れられることはなくなり、世界から忘れ去られてしまった。
目を覚まして水たまりで顔を洗っても夜になり、眠ろうと気持ちのいい原っぱに寝転がっては足が速い朝日が燦々と現れる。
「眠い」 一歩一歩足を進めるたびに軋む、うるさい線路とバラストを踏む。
当時その研究所で行われていたのはタイムスリップ技術の実現だった。しかし、その技術が爆発によって流れ出し、日本だけが朝と夜の交替が早くなるという影響を受け続けている。止まらない、むしろ加速してしまった時間。それと同じく、僕の足も止められない。
「急いでなんてないのに」
今こうして歩き続けているが、八年間も歩き続けているが故に、目的がなんだったのかわからなくなっただけだ。
「なんで歩いてるんだっけ」
朝と夜が変わるだけでその他には何も変わらない、緑と茶色しかない景色を見ながら呟いた。
朝に出てきた霧を残したまま去った朝日が憎い。霧を着て現れた夜が恐ろしい。それでも止まる方法がわからない。唯一の味方は交替の早い空だけだ。夜が怖くて、朝に助けられたことがある。朝に絶望して夜に慰めてもらったこともある。今日もきっと大丈夫。