いつまで星に魅せられればいいのやら
久しぶりに、忘れたくないことに出会った。人生の何気ない、でもどこか光を反射したようなキラキラがある瞬間だった。今日のはなんだろう。
11月になって、自転車のルールが厳しくなった。これまではなんとなくしていたことも、本当にダメなことに含まれてしまったから、僕のバイト帰りの楽しみの1つ、自転車タイムはちょっとつまらなくなった。そう思っていた。
寒くなって、空気は澄んで、でも乾燥していて唇が痛い。そんな季節。僕はこの時期、よく星を見る。帰り道の途中にある上り坂はしんどくて、とてもじゃないけど漕いで上れない。だから、いつも自転車から降りて、車体を押しながら進む。好きな曲を聴いたり、好きなことを考えたりしながら上る。そうすると、いつの間にか坂は終わっている。それに気づいて、顔を上げれば星空に着いてる。そのまま10分ほど、夜空を旅するだけの時間を過ごす。今日もそうだった。周りに自分しかいない時間の、静かな夜空を堪能した。
でも、また漕ぎ出そうと前を見たとき、突然異様なものが目に入った。車椅子だった。夜中の団地の下に、一歩も進まず佇む車椅子。白髪まじりの髪の老人が座っているのが分かった。僕はすぐに携帯電話に手をかけた。保護なら110番だし、体の様子がおかしければ119番だ。そう思って、僕はその老人の前に周り、声をかけた。
「こんばんは、大丈夫ですか」
「ああ、うん。大丈夫」
案外受け答えははっきりしていた。しわがれた声のおじいさんだ。僕は携帯電話から手を離した。その老人の右手にはお酒の缶が握られていた。
「もう夜遅いですからね、気をつけてくださいね」
僕はそう言って、改めて自転車に乗って帰ろうと思った。でも、老人がまた少し話した。
「そろそろ、冷えてきてますね」
「そうですよ、寒なるんですから、気つけて帰ってください」
「あい」
と言って、老人もまた夜空を見上げた。僕は自転車に乗った。いつもつけていたヘッドホンがないから無音で寂しかった。老人の持っていた缶が、カランとなったのが聞こえた。