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札幌市のバス減便問題を考える――公共交通の岐路と市民生活への影響

【目次】

  1. はじめに:札幌市におけるバス交通の意味と現状

  2. 歴史的文脈から見る札幌の公共交通政策

  3. 減便問題の背景:乗客数減少、運転手不足、経営負担の増大

  4. バス減便がもたらす地域への影響:高齢者、学生、通勤者、観光業

  5. 都市構造の変容とバス路線のジレンマ:拡大から効率化へ

  6. 他都市の事例に見る再生策:函館、旭川、海外都市の試み

  7. 政策的アプローチと今後の展望:行政・事業者・住民の協働

  8. 新技術・MaaSの可能性とバス交通への応用

  9. 市民視点で考える改善策と関わり方

  10. 結び:持続可能な札幌の公共交通を目指して


【本文】

1. はじめに:札幌市におけるバス交通の意味と現状

北海道の道央に位置する札幌市は、日本で5番目に人口が多い政令指定都市であり、北海道の政治・経済・文化の中心地として栄えてきた。人口約190万人(2020年代現在)を有するこの都市は、地理的に広大な面積を持ち、コンパクトシティを目指す取り組みが行われているものの、市街地は広範囲に広がり、公共交通インフラにおいては、JRや地下鉄に加えバス路線が重要な役割を担っている。

特にバス交通は、市内各所をきめ細かく結び、地下鉄駅や主要ターミナルとの接続を補完する存在として重要である。鉄道網は確かに札幌市の都市軸を形成するが、すべての地域をカバーできるわけではない。住宅街や丘陵地、冬季には積雪対策が求められるエリア、商店街や病院、学校、公共施設など、さまざまな目的地へ市民を運ぶ役割を果たすバスは、市民生活に密着した移動手段である。

しかし近年、札幌市内を走るバス路線では「減便」、つまり運行本数の削減が顕在化し、市民生活に少なからぬ影響を及ぼしつつある。人口減少や高齢化、マイカー依存、コスト上昇、さらにバス事業者が抱える慢性的な運転手不足が背景となり、採算が取れない路線や時間帯で便数を減らす動きが進行している。その結果、利用者は不便を感じ、特に自家用車を持たない高齢者や学生、移動の自由度が制約される人々にとっては深刻な問題となっている。

本記事では、こうしたバス減便問題を多角的に掘り下げ、その背景や原因、影響を考察するとともに、今後の政策的アプローチや改善の可能性を探っていく。公共交通は単なる「移動手段」にとどまらず、地域コミュニティやまちづくりにも深く関わる存在である。札幌市が持続可能な都市交通を実現する上で、バス減便問題は決して避けては通れない課題である。

2. 歴史的文脈から見る札幌の公共交通政策

札幌市の公共交通を振り返ると、その変遷には都市政策や社会経済の動きが反映されている。明治期、開拓使による屯田兵村の整備から近代都市としての成長を遂げ、大正から昭和初期にかけて路面電車が市内交通の主役を担っていた。その後モータリゼーションが加速する高度経済成長期を経て、自家用車の普及が爆発的に進む中、路面電車は一部縮小や廃止を経て、地下鉄網とバスが市民の移動を補完する構造が築かれていく。

札幌市営地下鉄が開業したのは1970年代で、市の中心部を軸とした放射状の鉄道網が形成された。しかし地下鉄は建設コストも高く、全市域をカバーするには限界があった。そのため、市内の細かな部分はバス路線が補い、鉄道とバスの適切な役割分担が模索されてきた。

1990年代以降、少子高齢化が進行し、都市郊外部では過疎化や高齢者率の上昇が見られる一方、中心部への人口集中も起こった。バス事業者は都市の成長フェーズでは新規路線や増便が可能だったが、成長が鈍化・停滞し始めると採算が悪化する路線が増え、補助金や減便で対応するケースが散見されるようになった。

札幌においては、道新バスやジェイ・アール北海道バス、じょうてつバス、北海道中央バスといった複数の民間事業者が路線を維持・運行する複雑な構造となっている。市営交通は地下鉄や市電を担当し、バスは基本的に民間が担うという役割分担だ。各事業者は競合と協調を繰り返しながら、時代の変化に対応してきた。こうした歴史的文脈は、現在の減便問題を理解する上で重要な背景となる。

3. 減便問題の背景:乗客数減少、運転手不足、経営負担の増大

バス減便問題を引き起こす直接的な要因は何だろうか。主な背景としては以下の3点が挙げられる。

(1) 乗客数の減少
札幌市でも他の大都市同様、少子高齢化や都心回帰、自家用車利用の増加によってバス利用者は長期的に減少傾向にある。特に通勤通学需要がコロナ禍以降に変化し、リモートワークの定着で平日の朝夕ラッシュがかつてほどの規模を保てないことや、学校の統廃合、若年層人口減少による学生需要の縮小が、利用者数を押し下げている。

(2) 運転手不足と労働環境の悪化
運転手不足は全国的な問題で、札幌市も例外ではない。高齢化が進み、若年層の労働者が公共交通業界に参入しづらい状況がある。長時間労働や厳しい勤務シフト、冬季の積雪下での安全確保など、過酷な労働環境が敬遠されやすく、賃金面でも他業種に劣る状況が少なくない。結果として、慢性的なドライバー不足が生じ、運行本数を維持することが難しくなる。

(3) 経営負担の増大
燃料費や整備費の上昇、さらにコロナ禍での需要急減による収益悪化が重なり、バス事業者は採算ラインを維持するのが困難になっている。都市部を走る幹線路線ならまだしも、郊外部や乗客数の少ない時間帯では赤字が膨らむ。運賃値上げは利用者離れを招くジレンマを抱え、行政補助金には上限がある。こうして、経営的な限界に直面した事業者は、減便に踏み切らざるを得なくなる。

これら3つの要因が複合的に作用することで、札幌市のバス運行は維持が難しくなり、減便が現実のものとなっている。

4. バス減便がもたらす地域への影響:高齢者、学生、通勤者、観光業

バス減便は単に「バスに乗りづらくなった」という不便を超えて、札幌市民や地域社会に深刻な影響をもたらす。

(1) 高齢者への影響
高齢化社会において、免許返納を検討する高齢者や、もともと車を運転しない高齢者にとって、バスは貴重な移動手段だ。日々の買い物、通院、知人訪問、地域のサークル活動など、生活に不可欠な移動を担う交通手段が減便されると、外出自体を控えざるを得なくなり、社会的孤立や健康面でのリスクが高まる。

(2) 学生・若年層への影響
自家用車を所有しない学生にとって、バスは学校や塾、部活動、アルバイト先への重要な足である。特に高校生や専門学校、大学生にとって、バスの本数減少は通学時間の増大や学校生活の制約につながる。朝の本数が減れば早めの家出が必要となり、放課後の部活動や放課後学習、アルバイト後の帰宅手段が限られることで生活リズムにも影響が及ぶ。

(3) 通勤者・労働者への影響
中心部への通勤需要があるにもかかわらず減便が進めば、バス利用者はラッシュ時の混雑や待ち時間の増加に直面する。結果として「使いづらい」交通手段となり、かえってマイカー通勤への転換が進む可能性もある。これはさらにバス利用者減少という悪循環をもたらす。

(4) 観光業・商業への影響
札幌は北海道有数の観光都市であり、冬季には雪まつりをはじめ国内外から観光客が訪れる。観光客は地理的な知識に乏しく、バスは貴重な移動手段となるが、減便や路線再編は観光客にとって使い勝手を低下させ、目的地へのアクセスが困難になる可能性がある。観光スポットや商店街へのバスアクセスが不便になれば、地域経済にも影響が及ぶだろう。

5. 都市構造の変容とバス路線のジレンマ:拡大から効率化へ

札幌市は、戦後から高度成長期にかけて、都市の外延的拡大を続けてきた。人口増加とともに新興住宅地が郊外に誕生し、それに応じて新たなバス路線が敷設され、多くの市民が公共交通に依存した。しかし、21世紀に入り人口動態が変化し、車社会の定着やオンライン化の進展、中心部への再集中など、都市構造は流動的となった。

この都市構造の変化は、バス路線における「拡大」から「効率化」へのパラダイムシフトを迫っている。利用者が減少する中、すべての地域にきめ細かくバスを走らせるのはコスト面で難しくなり、路線維持のためには行政補助や地域コミュニティとの協働が必要となる。効率化を優先すれば一部地域が「交通弱者化」し、逆に全地域均等のサービスを維持すれば経営的破綻を招く。こうしたジレンマに直面しているのが、今の札幌市のバス事業者である。

6. 他都市の事例に見る再生策:函館、旭川、海外都市の試み

札幌市だけでなく、北海道内外、さらには海外でも公共交通の再生策が模索されている。ここでは、参考となるいくつかの事例を概観する。

(1) 函館市の取り組み
函館市では路面電車とバスの組み合わせで公共交通を維持しているが、人口減少や観光需要の変動への対応が課題だ。函館バスでは一部路線のデマンド型交通への移行や、観光客向けにわかりやすい路線案内を整備するなど、小規模だが柔軟な対策が進められている。

(2) 旭川市のケース
旭川市は北海道第2の都市でありながら、人口減少と郊外化により採算確保が難しい路線を抱えていた。近年では、バス路線を整理・再編し、中心軸となる幹線系統を強化するとともに、地域住民が予約して利用できるデマンドバスを導入する試みが行われている。これによって、効率性と利便性のバランスを取り戻そうとする動きがある。

(3) 海外都市の事例
海外では、MaaS(Mobility as a Service)や自動運転シャトル、乗合タクシー、カーシェアリングなど、従来の路線バスに代わる新しいモビリティサービスの導入が進んでいる。北欧や欧米の一部都市では、AIを活用した需要予測や柔軟な配車システムによって、コストを抑えつつ住民ニーズに即した公共交通が提供されている。

これらの事例は、札幌市においても新たな交通モデルを検討する際に参考になり得る。単純な減便ではなく、多様な交通手段を組み合わせた柔軟なシステム構築こそが求められている。

7. 政策的アプローチと今後の展望:行政・事業者・住民の協働

バス減便問題を解決するには、複数のステークホルダーが協働し、段階的な政策的アプローチを試みる必要がある。

(1) 行政による補助と誘導
札幌市や北海道庁は、バス事業者への補助金や税制優遇、道路環境整備、バスレーンの確保など、事業運営が持続可能となる基盤を整えることが可能だ。また、都市計画との整合性を図り、バス利用しやすいまちづくりを推進することも重要となる。

(2) 事業者の経営改善と人材確保
バス会社は、運行コスト削減の工夫や、労働環境の改善によって運転手不足を緩和する努力が求められる。運転手の待遇改善、シフトの見直し、ICTを活用した運行管理効率化などにより、労働環境を改善し、人材確保につなげることができる。また、電気バスや自動運転技術の導入を中長期的な視点で検討することも、コスト面や労働力不足問題の解消に寄与する可能性がある。

(3) 住民参加とコミュニティ交通の活用
地域住民がバス路線維持に主体的に関わることで、需要に即した柔軟なサービス提供が可能になる。コミュニティバスや乗合タクシー、NPOや地域団体による移動支援サービスなど、多様な交通手段を地域主導で組み立てることで、行政・事業者が担えない「最後の1マイル」を埋めることができる。

(4) 情報発信と利用促進策
減便は「不便なバス」という負のイメージを強めがちだが、うまく情報発信を行うことで、限られた便数でも利便性を最大化できる。たとえば、リアルタイムの運行情報提供や、乗換案内アプリのさらなる充実によって、利用者は計画的な移動が可能になる。事業者や行政は、バス利用を促すキャンペーンや、地下鉄・市電・バス乗り放題の定期券(ICカード)拡充など、統合的な料金制度改革にも着手できる。

8. 新技術・MaaSの可能性とバス交通への応用

バス減便問題の解決において、デジタル技術とMaaS(Mobility as a Service)の活用は注目される。MaaSは、異なる交通手段を統合し、ひとつのサービスとして提供する概念で、利用者はスマホアプリでルート検索から予約、決済まで行える。

札幌市では、観光立市を標榜するなかで、観光客やビジネス訪問者にも利用しやすいMaaSプラットフォームを整備すれば、バス利用のハードルが下がる可能性がある。さらに、市内各所にカーシェアリングステーションやシェアサイクル拠点を配置し、バス利用と組み合わせることで、ドア・ツー・ドアの移動体験を提供できる。

加えて、AIによる需要予測を行い、平時は減便状態でも、需要が高まるイベント時や特定時間帯に柔軟に増便する仕組みを導入することも考えられる。デマンド対応型のバス運行や自動運転シャトルバスの試験導入は、特に郊外地域の公共交通改善に寄与するだろう。

9. 市民視点で考える改善策と関わり方

市民は、バス減便という既成事実を受動的に受け止めるだけでなく、自ら行動を起こすことも可能である。市民団体や地元NPOは、地域交通に関する意見交換会やワークショップを開催し、行政や事業者と対話する場をつくることができる。

また、個々の市民も、可能な範囲でバスを利用することで、路線維持に間接的に貢献できる。利用者が激減すれば路線が消滅するのは必然であるから、環境負荷を軽減し、地域活性化につなげるためにも、「バスに乗る」という行為自体が社会的貢献につながるとの認識が広がることは重要だ。

加えて、SNSや地域メディアを活用し、バス利用体験や改善提案を発信することで、市民同士や利用者同士の情報共有が可能になる。こうした草の根の取り組みは、行政や事業者にとっても参考になり、政策決定過程で市民の声が反映されやすくなる。

10. 結び:持続可能な札幌の公共交通を目指して

札幌市におけるバス減便問題は、単なる便数削減やコスト問題にとどまらず、都市全体のあり方や市民生活、地域コミュニティ、観光産業の行方に深くかかわっている。ここまで見てきた通り、その背景には人口動態の変化、マイカー普及、運転手不足、経営環境の悪化など、複雑な要因が絡み合っている。

これを解決するには、都市政策、交通政策、経済政策、福祉政策を横断的に組み合わせる総合的なアプローチが求められる。行政による資金援助や制度改革、事業者による経営努力や新技術導入、住民によるコミュニティ交通の担い手としての役割発揮、それらが揃わなければ、持続可能な公共交通の再生は難しい。

バスは単なる交通手段ではない。人々の日常を支え、地域をつなぎ、まちの魅力を演出する「社会インフラ」である。その価値を改めて認識し、減便の局面を新たな交通モデル構築への転機と捉えることで、札幌市は将来にわたって住みやすく、訪れやすく、移動しやすい都市を目指すことができるだろう。

持続可能な公共交通の実現には、時間と対話が必要である。本記事が、札幌のバス減便問題について考え、より良い都市交通を模索する一助となれば幸いである。

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ZEUS
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