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異端は認められた途端に先端になる(2)

2.従来型の学校だけが学びの場ではない

― 従来型の画一的な集団教育ではなく個々人がそれぞれのペースで学べる学校をつくり、個性を活かして活躍する卒業生を輩出してきたことを通じて、日野先生はどんなことを社会に訴えていきたいとお考えですか。

もっと多様な学びの機会があっていい、ということでしょうか。日本ホームスクール支援協会というのを25年間やってきて、たとえばアメリカでは家で勉強しても単位が出るし、旅をしながらでも学ぶことができるということを知って、私自身の人生観が変わりました。日本でもそういう学び方を許容する機運が高まることを期待しています。日本で義務教育とは就学の義務とされていますが、欧米では学習権の保障が義務なのです。アメリカでは50州すべてでホームスクールが認められており、自宅を学校とみなすことができます。納税者である親の教育権と子どもの学習権が明確に保障されているのです。日本の親は、我が子の教育権を意識することは稀で、すべて国に委ねて、学校に行かせなければならいと思い込んでしまっています。本来、教育の質の悪い学校には我が子を行かせない権利もあるはずです。従来型の学校だけが学びの機会を独占している日本の現状を変えていく必要があるのです。

― 日野先生は著書で「無理な集団参加はさせない」「同年代でうまくやらなくてはいけないという同年代スキルに対する幻想は捨てましょう」と書いておられます。企業でも最近の若手社員は同期の目を気にして自ら手を挙げ行動を起こすことを躊躇する傾向があると言われます。今後社会で活躍していく上で、過度な集団同調を強いる学校教育は、弊害の方が大きいとお考えですか。

年1000人規模の新卒一括採用をしているような大企業では同年代スキルが重視されるでしょうが、年10人も採らない中小企業では、むしろ異年代スキルの方が必要とされるでしょう。我が子に、どちらのスキルを磨かせたいかは親が選択すればいい。しかし、親の多くは、部活とか受験勉強とか、自分の中にある同級生とのよき思い出をベースに考えがち。いつまでも自分の経験や価値観に囚われていてはダメです。これからの子どもたちに本当に大事なのは何かを考える上で、親たちが過去を断ち切る勇気が必要です。


3.企業と学校の浸透圧を下げる

― 経産省でも、新たな学びの在り方が検討されているそうですね。

2024年7月、経産省の教育産業室が「イノベーション創出のための学びと社会連携推進に関する研究会」における半年に渡る議論の報告書をリリースしました。社会の変化に伴い価値創造型の人材の育成が求められる中、従来の学校教育だけでない、多様な学びの選択肢があっていいのではないかということが書かれています。背景にある問題意識は、画一的な企業戦士を効率よく輩出する年次輪切り教育からの脱却です。

キーワードは「共助」。税金を使った公教育による「公助」でもなく、各家庭が自己負担で習い事に通うような「自助」でもなく、企業や地域コミュニティが教育の当事者として連携する「共助」によって学びの機会の拡充を図ろうという提言です。企業が財源を拠出して教育活動を支援している事例や、自社の人材を自治体の教育事業に派遣し、企業内にはない経験の機会を通じて、社員の成長を促している事例も紹介されています。

要は、企業のカネとヒトを学校に呼び込んで、学びの場を変えていこうという、文科省ではなく経産省ならではの発想です。企業と学校の間の浸透圧を下げ、学校で企業人と交流ができる、企業の社員が中学や高校の教壇に立って授業をしているのが当たり前になる、というのが私のイメージです。社会が連携していく「共助」のコンセプトは「あしはた(あしたの働き方研究所)」にも当てはまるのではないでしょうか。明蓬館のようなスペシャルニーズをもった人材の出し手と受け手となる企業をつなぎ、就労定着を促していく中間支援組織というイメージです。福祉的な障害者雇用にとどまらず、発達障害者の個性を企業の戦力として積極的に活かすニューロダイバーシティ推進の旗振りを、あしはたさんには期待したいですね。ウチのような学校で生徒がせっかく頑張って育っても、その先につながらないというのでは何とも寂しいじゃないですか。

― あしはた(弊社)で企業の障害者雇用のお手伝いをしていて感じるのは、熱心な企業とそうでない企業の温度差が大きいことです。細やかな配慮に手間暇がかかりコスト増になる施策に正直後ろ向きな会社は少なくありません。企業が多様性を許容するようになるには、どうしたらよいでしょうか。

東田さんのような著名な人の話を聞いてもらうのはもちろん、手を替え品を替え、実態に触れてもらうためのゲリラ戦を仕掛けていく必要があるでしょう。企業の取り組みの濃淡は経営者次第です。今後発達障害への認知が広まっていけば、希望が持てる面もあるように思います。発達障害を持つ人が10人に1人いるとすると、経営者自身の子や孫の中にいても不思議はありません。身内に当事者がいるとなれば他人事ではなくなり自ずとスイッチが入るのではないでしょうか。

― 最後に、日野先生の今後のビジョンについて、お聞かせ頂けますか。

我々がこうして学校運営に携わらせてもらえているのは、小泉政権で導入された特区制度のおかげ。それを主導した経産省がいわば生みの親であり、大元には企業としてのDNAがあります。我々だからこそ、“企業と純粋な学校のハイブリッド”みたいなことをやっていきたい。5年後に法人として30周年を迎えるにあたり、寄付金を募って、校舎と奨学金と地域貢献に充てていこうと思っています。お世話になっている石川県の白山市と福岡県の川崎町に、校舎として象徴的な面白い建物をつくる計画です。「ラーニングコモンズ」という名前をつけまして、地域の人たちとの交流の場であったり、卒業生が戻ってきて今度は教える側にまわったり、多様な学びのあり方を試していきたい。あと企業との連携も進めていきたい。教員たちが企業に学びに行ったり、企業の人材がもっと学校に入ってきて欲しい。先ほど紹介した加藤さんも実はインターンを経験しました。新宿のデジタルハーツ本社にも行きましたが、学校の中でもやりました。オンラインを使えば、いろんなことができますので、是非活発にやっていきたいと思っています。

2028年完成予定の「ラーニング・コモンズ」


― まさに“企業と学校のハイブリッド”ですね。先日の教育シンポジウムでも、麹町中学を改革された工藤勇一先生がご講演の中で「学校が変われば社会も変わる」とおっしゃっていました。

以前、品川区大崎にある日仏合弁企業の広報の方が突然電話してきて訪ねて来られました。フランスでは、10年勤続した従業員は年何時間か奉仕活動として学校で何か教えなきゃいけない、ということが法律で決まっているとのこと。依頼されて受け入れた方が英語を話す方だったので、英語の授業をして頂きました。この時の記憶がずっと頭に残っていて、こういうことが日本でも当たり前になればいいなと。つながっていますからね、教育の先に社会が。特に余裕のある大企業は、自社の社員を学校に送り出すなど、経営資源を学校に持ち込んで欲しい。そういうことを自由自在に行えるよう私は旗を振っていきたいんです。我々は1年中オープンスクールを掲げていますので、いつでも見学に来て頂いてOKです。


― ハイブリッドな学びの場には、子どもにも大人にも相互に得るものがありそうですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

(まとめ)
今回は明蓬館高等学校の日野公三氏から発達障害者向けの学校教育について大変興味深いお話をお聞きすることができました。特に、
・障害に対する社会の理解が圧倒的に不足している
・学校に行かせることが教育だという発想に親たちが囚われている
・企業と学校の相互交流を促すことが新たな学びの機会になる
といった点が印象的でした。
明蓬館高等学校の先駆的な実践に象徴されるように、教育が変わることを起点に社会が変わっていく可能性を感じることができたインタビューでした。

                                以上


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