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17.なぜアンナは選ばれたのか
ノックをして、応答がある前にロハンは扉を開けた。
部屋に入ると、ソファで本を読んでいたミサトが顔を上げ、つまらなさそうにいった。
「なんだ、もう気付いたのか」
「ということは、やはり貴方なのですね、叔父上」
怒気を露わにしながらミサトに近付くと、叔父は本をテーブルにおき、目顔でロハンに向かい側に座るように促す。
「なぜ、あんなことを?」
ロハンは荒々しく腰掛け、叔父を睨みつけた。
「その答えはもう出ているのだろう?」
「私は叔父上の口から聞きたいのです」
「勿論、お前を本気にするためだよ」
叔父は淡々と返す。
「銀の涼宮の目の色を変えさせ、必死に足掻かせ、藁にも縋らせて、古今東西随一といわれる脳味噌をぎゅうぎゅう絞らせ、知恵をフル回転させ、どうにかして〈鏡の死〉を壊すために」
「そこまでして〈鏡の死〉を? なぜ?」
「憎いからだ」
ミサトは短く吐き捨てた。
「おまえは、カズミがなぜ死んだのか知っているか?」
カズミとは叔父の一人息子――ロハンの八歳上の従兄弟だ。ロハンが幼い頃に亡くなってしまったので、あまり記憶に残っていない。
「病死だと聞いていますが……違うのですか?」
「違う。あれは、〈鏡の死〉を賜って死んだのだ」
「しかし、彼が亡くなったのは十四、五歳で」
「十四のときだ。カズミは同じ歳の娘に恋をした。しかし、その娘が〈鏡の死〉に捕まってしまったのだ」
ある日、酔っ払いが娘を手籠めにしようとした。逃れようと娘は酔っ払いを突き飛ばした。
酔っ払いが倒れた場所には、尖った木の枝。酔っ払いの首に刺さって。酔っ払いは即死。
カズミの初恋相手は、四乃宮に収監された。
「カズミは私に、四乃宮の長ならば〈鏡の死〉の抜け道を知っているのではと迫り、どうすることもできないと知ると、私を責めた」
どう考えても〈鏡の死〉は理不尽過ぎる。理不尽過ぎる死に苦しむ囚人を見て、四乃宮の長を務めていて、これまで一度もなんとかしようと動いたことはなかったのか、と。
「そして、どうすることもできないことに絶望したカズミは……娘に毒を飲ませて、自分も消えた」
カズミの墓は空だ。
ミサトは訥々と語り、改めてロハンに視線を向けた。
「カズミが娘に会ったのは、あの場所だ」
「あの……場所」
「そうだ。お前があの娘と出会ったあの場所。カズミは十五歳から担当者になる予定で……前任者との引き継ぎのために何度かあそこへ行っていた」
甥の様子を窺うふうに、目を細める。
「おまえが悪いわけではない。だが、おまえが、カズミと同じようにあの場所で恋に落ちたと聞いて、私はやり切れなくなった。そして……考えた」
大事な娘が〈鏡の死〉に捕まったら、あの賢い甥っ子はどうするだろう?
「そんな理由で!」
「そうだ。そんな理由だ」
傲然とミサトは返した。
「凡人の息子は心中しか選ぶことができなかった。しかし、おまえならば、無限に選択肢を広げられるだろう」
「しかし、あと二カ月しかないというのは!」
「無理ならば、カズミと同じことをすればよい。あの娘を心底愛しているならばな」
どうする? 銀の涼宮。
うっそりと笑う叔父に、ロハンは歯を食いしばって殴りたい衝動を抑え、踵を返す。
「あ、そうそう」
部屋を出ようとしたそのとき、叔父が思いだしたふうに声を発した。
「すまないが、203号室の囚人に伝えておいてもらえるか。『シータに託した』と」
急な宮殿長交代で伝えることができなかったから、とにこやかに叔父に、ロハンはうなずきだけを返し、扉を閉めた。