22.しじゅう、しじゅう
葉を砕いて粉にして、茎をしごいて汁を搾り、根を煮立てて灰汁を取り。
すべての材料を合わせて、さらに煎じる。
調理の邪魔にならないように、火を使う作業は昼食の準備が終わってすぐの三時間ほどで終え、その後は調理場の隣の小部屋に移動した。
そこからは、粗熱が取れるのを待ち、ちょっとずつちょっとずつ、上澄み液を掬う作業である。
昼食も取らずに、ぶっ通しで作業して、かれこれ七時間ほど。
「ふう、こんなものかしら」
出来上がった毒消しを蓋付きのピッチャーに詰め終え、額に滲む汗をブーロの袖で拭きながら杏奈が一息ついたときには、夕方近くになっていた。
「密閉しておけば、一週間くらいは保つかしら……」
容器に入れたのは、ちょうど三回分。材料が潤沢にあったので、大目に作れて助かった。
隣の調理場では、すでに料理人たちが夕食の準備に取り掛かっていて、材料の下拵えをする音が響いてくる。
流石にお腹が減ったわね。
料理人たちの会話を、聞くともなく聞きながら、杏奈は鍋を見下ろした。底には緑がかった黒い液体がまだ残っている。
一回分には少し足りないけれど、まあいいか。
残った毒消しをコップに移し、杏奈はぐいとそれを煽った。お腹が空いたからではない。毒消しの毒味である。駄洒落のようだが、薬が出来たら、まず自分で試すのが常なのだ。失敗したなら、己がお腹を壊して転げまわるだけ。被害者は一人でよい。
にしても。
「……オエっ」
杏奈は思わず嘔吐いた。オババの毒消しはどんな毒もある程度中和してしまう強力な万能薬なのだが、えぐ味が強烈なのだ。正直、毒よりきつい。
「まっず……」
杏奈が顔をしかめながら黒い液体を飲み下したそのとき、隣の調理場で、料理人に呼びかける男の声が響いた。
「おい! 今日の晩から、よんじゅうだとよ!」
「減ったのか?」
「ああ、戻った」
「っとに、しじゅうシジュウだな!」
「結局はな!」
しじゅう、しじゅう?
結局は、しじゅう?
男たちのやり取りを口の中で反復し、杏奈ははっとした。
まさか、始終、四十?
つまり、四十に戻った?
いや、「いつも四十」が正解か。
ピッチャーを抱えると、杏奈は小部屋から出て、栄螺階段を上った。
独房に戻って人目に付かない場所にピッチャーを隠した後、今度は栄螺階段を駆け下りる。宮殿長の執務室へ行くと、ノックの返事も待たずに扉を開いた。
「はい……って、どうした?」
各自の机で執務中のロハンとジーロが、飛び込んできた杏奈を見て目を丸くする。
二人は驚いただけだったが、ロハンの机の前に立っていた若い男が、眉を吊り上げた。
「執務室になんの用だ!」
神経質そうな痩身の男だ。最初の晩に広間に集まっていた職員の中にいた気がする。出ていけ! と鼻息荒く杏奈を追い払おうとする。
「待て」
ロハンが静かな声で止めた。
「ですが」
言い返そうとする職員を片手で押し留め、杏奈に目を向ける。
「作業は済んだの?」
「片付けがまだです。が、先に別件で」
「なんだい?」
杏奈は睨んでくる職員に構わず、用件を切りだした。
「私の後に、四乃宮の囚人は増えましたか?」
「増えたが、アンナが入る二日前だ。が……」
「……今日になって、囚人が四十名になった?」
「どうしてそれを」
低く唸ったのは職員の男だ。よく見れば、目の下に濃い隈がある。ひょっとすると、囚人が減った件を宮殿長に報告中だったのかもしれない。
察しながら、杏奈はジーロに目を向け、頼んだ。
「この四乃宮の囚人の数の推移、人が増減した日がわかる資料があれば見せてもらえませんか」
「理由は?」
「宮殿を案内してもらったときに感じたのです。四乃宮って、監獄にしては小さいなって」
遡って、最初に感じた違和感から説明する。
「害意なく人を殺してしまった人間を収容所って、この国には四乃宮しかないはず。この規模じゃあ、すぐに満杯になるのじゃないかしらって、不思議に思って……」
普通の刑務所ならば、刑期の終了などで、受刑者の増減があるだろうが、四乃宮は一度入ったら出られない監獄だ。数が減るのは、お迎えがきたときだけ。
けれど、〈鏡の死〉は年に何度もあるものなのか?
それ以前に、〈鏡の死〉に捕まった人間は、死を迎えるとき、見世物にされるという決まりがある。公開処刑のようにして、消える瞬間を人目に晒されるという決まりが。
「でも、この十年、公開処刑は行われていないはず」
杏奈が疑問を口にすると、ロハンが立ち上がり、件の資料らしき分厚いファイルを棚から引き抜いた。机上においてページをめくると、
「ここ十年間の、月毎の収監者数だ」
資料を開いたまま、杏奈のほうに滑らせる。
「なっ! なにをお考えですか宮殿長! 内部資料を囚人に見せるなどと――」