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『懸想文売り』肆の文〈あこがれのパパラチア〉

壱の文


〈あこがれのパパラチア〉

 ようやく見つけたで。この一文。

『夢見るジュエリ』の八十四ページや。
たどり着くんに、ほんま苦労したわ。

おまえが、
「憧れのパパラチア……」
 と呟くのを聞いて、
よっしゃ、クリスマスプレゼントはこれや!
と意気込んだまではよかったんやけど。

パパラチア……いや、パパラッチ?
せやけど、なんでパパラッチ?
ぎょうさんカメラに追っかけられたいんか……?

アクセサリーをつけてるおまえを見たことがあらへんかったから、宝石とパパラチアが、すぐには結びつかへんかってん。
ほんで、パパラッチパパラッチて悩んどったら、姉貴に「それ、パパラチアとちゃうの」ゆうて岩田裕子の本を教えられてん。

知らんかったぁ。
パパラチアっちゅう、ロータスピンクのサファイアがあるなんて。
意外やったぁ。
おまえが、ジュエリーを夢見とったやなんて。
しかも、蓮の花色の可愛いやつを。

せやけど、あの本を読んで納得したわ。
六行目の、

〈あるときは内気な少女、あるときは鬼の顔〉

て、まんまおまえやん。(あ、鬼のほうは、小鬼くらいやから)
自分にパパラチアサファイアを重ねたんやろ。

ということで、探しにいったで、パパラチア。

本には、スリランカでしか産出されへん幻の石やゆうて書いてあったけど、最近ではマダガスカルでも採れるそうで、案外、近場で見つかった。おまえが贔屓にしとる、あの雑貨屋や。

ついでに、手紙も代筆してもろた。
(俺は字が下手すぎて、ごめん。文面はちゃんと自分で考えたで)

いまの俺。
かぐや姫に、課題の品を差しだす男の気分。

おまえがいった「あこがれのパパラチア」。
ほんまに、これで正解か?

合うてなくても、とりあえず俺の気持ちとして受け取ってくれ。
ちなみに、パパラチアサファイアの石言葉は〈一途な愛〉や。

見合いで結婚やなんて、冗談やんな?
よう知らん男なんかに嫁いだらあかん。
俺がもろたる。
俺にしとけ。
絶対、幸せにしてみせるから。
おまえの夫になるんは、俺なんや!

壱.突然ブレイク? パパラチア 


「あのぉ、すみません」

 棚の上のクリスマス商品を補充していると、お客さんに声を掛けられた。
 慌ててふり返ると、若い男性客だ。
 厳つい鷲刺繍のスカジャンにジーパン、下半分を刈り上げた赤銅色の茶髪。背は高くはないが、目つきと顎のラインは鋭く、締まった体付きで。
ボクシングジムで本気のパンチを繰りだしている感じ?
 雑貨やジュエリーを中心に販売している〈舶来屋 カメリア〉の客としては、珍しいタイプである。
 鷲のスカジャンだから〈鷲スカさん〉だと、千歳がさっそく心に刻み付けていると、見てくれに似合わず、もじもじした様子で鷲スカさんがたずねた。
「ここのお店、サファイアはおいてへんやろか? ……パパラチアっちゅう種類なんやけど」
 パパラチア?
 また? と千歳は目を瞬かせた。お客さんがその名を口にしたのは、今月に入って三度目である。
「サファイアの王様」と呼ばれるパパラチアだけれど、たくさん採れない希少な石で、メジャーとはいえない石なのに。
 突然ブレイク?
 有名人の誰かが呟いたのかな?
 脳内を疑問符で一杯にしつつ、千歳はとりあえず応じた。
「はあ、ございますが……」
「あるんか!」
「はい。指輪でよろしいですか」
「指輪でええ!」
 瞳を輝かせる鷲スカさんを、アクセサリーコーナーへといざなう。
「プレゼント用ですか?」
 ショーケースの内側にまわりこみながら千歳がたずねれば、ケースを挟んで立ち止まった鷲スカさんが首肯する。
「パパラチアのお石ですと、当店ではジュエリー工房〈蓮華〉の新作と、ユーズドリングのリメイク品の二種類を扱っておりまして、現在指輪は五点ほどございますが――」
 説明しつつ、千歳はケースの中の、ロータスピンクの宝石に手を伸ばす。
澄ました顔で布張りのトレーに並べていったが、心の内では盛大に叫んでいた。
 宝石専門店じゃないウチのお店に、パパラチアがいくつもあるのって、ちょっとおかしいよね!
 なのに、こんなにも在庫があるのは、
「クリスマス用のリング、出来上がったでぇ」
 と蓮華さんが先日納品していった十のうち、七つに使われていた石がパパラチアだったからである。
 蓮華さん、パパラチアの波が来るって知ってた?
 予知能力?
 コワっ。
 内心ぶるりと震えていると、鷲スカさんがトレーを覗き込んで呟いた。
「これが、あこがれの……」
 憧れ?
 宝石に憧れるタイプには見えないけれど。どれがパパラチアか、判っていなかったみたいだし。
 内心首を捻りつつ、千歳は右端の指輪を指差した。
「こちらのものは、工房〈蓮華〉によるリメイクで、一九八○年代後半のユーズド品ですが、お石はスリランカ産です。残りの四つは新作ですが、お石のほうはマダガスカル産で――」
「ああ、ごめん。産地を聞いても、違いがよう解らん」
 ですよねー。
 産地の違いは価格に出るんだけど、と千歳は淡く微笑んで、話題を変えた。
「では、サイズのほうは、いかがでしょうか。ここにあるのは、すべて十一号ですが」
 ワンサイズばかりというのも、蓮華さんにしては珍しいのだが。
「サイズ……」
 鷲スカさんが目を泳がせる。うん、知らないね、これは。
「贈られたご本人様がこちらに来店していただければ、後程でもお直しは承ります。ユーズド品でなければ、初回のお直しは無料ですので」
「つまり、後からサイズ直しを頼むんやったら、新作の四つか」
「新作のほうは、どれも可愛らしくて胸がキュンキュンしちゃいますよね」
 千歳は朗らかに営業トーク。
「お値段的にも、新作のほうが断然お勧めです」
 リメイク品と新作の値札をひっくり返して見せれば、見比べた鷲スカさんが目をむいた。
「なにこのユーズド。ほとんど婚約指輪の値段やん」
「こちらのお品は、大きくて、良いお石ですし、カッティングも秀逸ですので」
 千歳は知ったかぶりで、伊織に聞いた蘊蓄を、右から左。
「うーん」
 鷲スカさんは、腕組みして眉間にしわを寄せ、しばらくの間悩んでいたが、
「じゃあ、これ」
 結局、新作の一つ――両サイドにメレダイアを従えた、オレンジ味の強いパパラチアを選んだ。
 気になるお値段は、税込みで六万九千円。マダガスカル産でも、唸ってしまうような価格だ。パパラチアという宝石は、普通に高値の花なのである。
「ありがとうございます」
 にこやかにお礼をいって、千歳は残りの四つをショーケースに仕舞った。


弐.懸想文の依頼まで?


「ではあちらでお会計をお願いします」
 選ばれた指輪を恭しくトレーに載せ、レジに向かおうとすると、
「あ、それから」
 思いだしたふうに鷲スカさんがいった。
「ここって、手紙の代筆してくれるんやろ。それも頼むわ」
 って、また……?
 千歳は再び目をぱちり。
 三日前にパパラチアを買っていったお客さんにも、懸想文を頼まれたのである。
 いうまでもなく懸想文売りは七代伊織。しかし、三日前は珍しく千歳が文を売った。
 懸想文代筆の商いは、五、十、二十、三十の〈恋文の日〉のみ。それ以外は、暇でない限りお断りするのが基本だ。三日前の土曜日は、恋文の日ではなかったうえ、お店がとても混んでいた。だから千歳は「またのお越しを」になりそうだなあ、と考えつつ、とりあえず伊織を呼ぼうとしたのである。
そこへ、お客さんがぼそぼそと呟いたのだ。
「彼女、仕事が忙しいらしくて、なかなか行っても会ってもらえなくて……」
 千歳はちょっと思案して、伊織に声を掛ける前に蒔絵の箱を取りに行き、
「これなどいかがでしょうか」
 と和歌の短冊を勧めた。短冊に関しては、恋文の日でなくても、千歳の才覚で売ってよい、と伊織から許可をもらっている。
『古今和歌集』の巻の十三に収められている詠み人知らずの恋歌です、と短冊を差しだせば、お客さんが声に出して読んだ。
「〈いたづらに行きてはきぬる物ゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ〉……?」
「あなたに逢いに行っても逢ってくれなくて、むなしく帰ってくるだけなのに、やっぱり逢いたい気持ちに誘われて出かけちゃいます、っていう歌です」
「……なんか、僕そのもの?」
 そうでしょう、そうでしょう。
 ということで、三日前のお客様は短冊もお買い上げ。指輪に恋歌を添えて、箱をラッピングした。
 だが、鷲スカさんは短冊では駄目そうだった。ごそごそとボディーバッグをまさぐって、
「これ」
 と紙を出してきたのである。
「下書きしてきたから、清書してほしいねん」
「か、かしこまりました」
 受け取ってから、千歳ははっとした。
「あ、申し訳ありません。これ、懸想文ですよね」
「けそう……なに?」
「恋文、ラブレター」
 ラブレターの響きに、鷲スカさんが顔を赤らめ、後頭部の刈り上げに手を当てる。
「まあ……そうやな」
「只今、担当者が外に出ておりますので、いまこの場で代筆を承ることができないのですが」
 伊織はバックヤードで在庫のチェック中。表にいないだけなのだが、恋文の日以外の代筆依頼は、このようにやんわりとお断りすることが多い。
「お姉ちゃんが書いてくれてもええで。ミミズがのたくったような俺の字より、絶対ましやろし」
「でも……私の字って子供っぽいというか、見るからに女文字なんですよ」
 千歳のノートは、丸まった猫のような丸文字で埋まっているのだ。
「指輪を贈られるお相手は、女性ですよね?」
「せや」
「明らかに女の代筆だと判るラブレターを貰ったら……私だったらナメとんのか、ってびりびりに破っちゃいますけど……」
 おっと、失言。お客様相手に口悪し。
 しかし、ストレートな物言いが、かえって彼の心を打ったようだ。「ホンマにそうや」と鷲スカさんが力強くうなずく。
 ですから、と千歳は口調を改め続けた。
「代筆させるなら、正規の担当者がお勧めです。彼の文字は、美しいだけでなく、中性的なので」
「そうか……」
「お急ぎでなければ、下書きをお預かりして、清書したものをお送りさせていただきますが」
「どれくらいで出来る?」
 千歳は頭の中で素早く計算。
 次の恋文の日は三日後だ。その日に書いて郵送するとしたら、
「一週間ほどで、お手元にお届けできると思います」
「せやったら、是非お願いします」
 よっしゃ。懸想文オプション、ゲットだぜ!
 指輪の六万九千円に加え、代筆代と郵送料を先払いして、鷲スカさんは帰っていった。

――その後、預かった恋文の下書きを読む――

直後の感想は、カッコいいね! だった。
「おまえの夫になるんは俺なんや! って、さすが鷲スカさん?」
 でも。
この恋文、どうでもいい相手から貰ったとしたらどうだろう。
意に染まぬ相手からの手紙に「夫になるんは俺や!」という一文を見つけてしまったところを想像し、ぶるりと身を震わせる。
「コワっ!」
 鷲スカさんとお相手が、相思相愛じゃなかったらどうしよう。
 ほいほい下書きを受け取るのではなかったと、遅まきながら後悔した千歳だった。

参.最近の伊織、おかしいよ?


「うーん、やっぱり伊織に状況を聞いてもらって、ちょっとでも内容を練ってもらうべきだったかなあ……」
 千歳は食器を洗いながら、ラグの上で寛いでいる伊織にいった。
 ちなみに、この台詞を口にするのは三回目。夕ご飯を食べながら、悶々と悩み、いまに至る。
「ちょっと、伊織、聞いてる?」
「ああ、聞いてる、聞いてる」
 伊織はお茶をすすりつつ生返事。
「ちゃんと、下書き読んでくれたよね?」
「ああ、聞いてる聞いてる」
 聞いてない!
 千歳はふくれっ面で皿をごしごし擦った。
 最近の伊織、おかしいよ。
 厭なお客さんの応対があったときでも、笑い話にしてはいお終い。自由闊達で、何事も引きずらないのが売りの彼なのに。
 ここ一、二週間は、時々上の空。なにかに心を奪われているみたいに、ぼんやりとしていることが多い。
 ちゃんと千歳を見て、話を聞いてほしいのに。
「ねえ、伊織ってば!」
 我慢ならなくなって、タオルで手を拭いながら声を張ると、伊織が顔をしかめた。
「うっせぇな。構ってほしいなら、こっち来て座れ」
 指さしたのは、まさかの膝の上。
 確かに、小さい頃はよく伊織のお膝に乗っていた。けれど、「お兄ちゃんのお膝」も小学生まで。特に、叔父が放浪の旅に出てからは、冗談でもやらなくなった。
 伊織はそれが不満らしい。いまでも時々、こんなふうに座れと要求する。
 そうかといって、高校生の千歳がほいほい応じるわけもなく。
「だ、か、ら。もう子供じゃないってば」
「小学生の頃と、背丈はたいして変わってねぇじゃん」
「悪うございましたね、チビ助で」
 口を尖らせ、むむっ。
 千歳の成長は、中学生のときにちょっぴり背が伸びただけで、その後ぴたりと止まってしまった。前も後ろもほとんど変化なしの、幼児体形のまんま。くっそう。
「いいじゃねぇか、チビ助。可愛らしくてよ」
 ほら、こっち来いよと、伊織が両腕を開いて待ち構える。
 千歳は困った。
 どうしよう。いつもなら適当なところで聞き分けてくれるのに、今日はちっとも引く気配がない。
 やっぱり、伊織、なんか変。
 千歳は逡巡した挙句、
「ちょっとだけ、ちょっとだけだからね」
 と念を押し、伊織の胸に背を預けて、ちょこんと膝の間に収まった。
 途端に、伊織の手が伸びてきて、わしゃわしゃわしゃと千歳の髪を掻きまわす。
 かと思えば、千歳の首に鼻先を押し付け、ぐりぐり。
 癒されるぅ、とでもいってくれたら笑えるのだが、伊織は無言だ。
 伊織……、なんか赤ちゃん返りしてる?
 膝の上に載せた千歳を、ぬいぐるみみたいにぎゅうぎゅう抱え込む。雇われてすぐの頃、高校生の伊織には、そういうことがよくあった。寂しいのかな、と思って、クリスマスにパンダの特大ぬいぐるみをプレゼントしたこともある。
 いまも、孤独なのかな?
 千歳がいるのに――と思うのはおこがましいだろうか。
「……いい匂い」
 ようやく伊織が呟いたが、なんと返したものやら。
 とりあえず、頬に当たる彼の前髪が、くすぐったくてしょうがない。
「こそばい」
 と遠ざけようとしたが、逆にぎゅうぎゅう抱き締められて。
「は~、ほんと、ちとはちっせぇなぁ」
「幼稚園児で悪うござんしたね」
「いいや、ちとはちゃんと娘だぞ?」
 やおら伊織の右手が動いて、トレーナーの上から千歳の乳房を、
 ふにっ。
「ほら、柔らけぇ」
「ぎゃあっ!」
 千歳は叫んで立ち上がり、伊織の脳天にグーのトンカチを落とした。
 ゴン!
「どこ触ってんのよ! この痴漢!」
 いってぇ! と伊織が頭を抱えたが、容赦なくもう一発、ゴン!
「伊織の阿保! 助平! 変態!」

肆.ざんねんなコパンダ


「もう、最悪。あのセクハラパンダ!」
 憤慨しながら、お弁当の卵焼きをもぐもぐ。
 昼休みに前日のことを話したら、怒りがぶり返してきた千歳である。
「くくく。おか、おかしい。あんな可愛いお顔で乳揉みって、残念すぎる」
 こちらはぷりぷりしているのに、聞き手が大受けしているので、余計に腹が立つ。
「ざんねんなコパンダ、って絵本になりそう」
 笑っているのは、中尾璃子だ。小学校のときからの友達なので、〈カメリア〉の客寄せパンダのことも知っている。伊織のことを勝手に「パンちゃん」と呼んで、本人の許しまで貰っている強者だ。
 大元の許しを得なくてよいのか? というツッコミはともかく。
「もう! 笑いごとじゃないんだってば!」
「ええやん。ちと限定なんやから。お客さんに手ぇ出したりはせえへんのやろ?」
「まあね」
 伊織が考えるところの、女性客に対するソーシャルディスタンスは「客の熱気にパンダが当てられない距離」らしく、呼ばれない限り、彼のほうからは絶対に近付かない。
「営業時間中は、清く正しく美しく、やな?」
「そのしわ寄せが、私に来ているともいう……」
「今更とちゃう? パンちゃんって、昔から千歳をにゃごにゃご、が基本やん」
「にゃごにゃご、ってなんか響きが卑猥」
「猫可愛がり、っちゅう意味やん」
いままでは頭をナデナデしとった手が、ニアミスで胸触ってもた、って考えればええやん。
 璃子はあっけらかんというけれど。
「それでも、胸は駄目だと思います!」
 千歳はタコさんウインナーを口に放り込んで、むしゃむしゃ。
 ふと、少し離れた場所にいる男子と目が合った。
 相手が一瞬目を瞠り、ぱっと目を逸らす。
 む。〈胸〉なんちゃらが聞こえちゃった?
「り、リコ、今日は部活に行く?」
 千歳は慌ててウインナーを飲み込み、話題を変えた。
 璃子も千歳と同じ〈ストレス発散同好会〉に入っている。
 しかし、活動内容はまったく異なる。千歳のサンドバッグの横で璃子が行っているのは、棋譜並べとプロブレム。といっても囲碁将棋じゃない。チェスである。
「今日は行かへん。マッサンと指すから」
 璃子はあっさり首をふった。マッサンとは、璃子の中学二年生のときのクラスメイトで、チェス仲間である。親の転勤で山形に行ってしまったが、二人はネットで繋がっている。日時を決めて、月に何度か対局しているらしい。
「相変わらず、仲良しさんだねぇ」
「中学校のときは、口喧嘩ばっかりやったけどな」
 しみじみといいつつ、璃子は菓子パンの残りを口に入れた。
「手が届く距離ちゅうんは、それだけで貴重なんやで。あんまり引きずったったら、伊織さんが可哀そうや。千歳も、適当なところで勘弁したり」
 返事の代わりに、千歳はこっくり。
 勘弁するどころか、グーで脳天を叩いた直後に、伊織に腕をつかまれ引き寄せられて。
 背中をポンポン。
「はいはい、俺が悪かった悪かった」
 一から「お兄ちゃんのお膝」のやり直しをさせられて。
「最近の伊織、ちょっとおかしいよ」
「はいはい」
「私はぬいぐるみの代わりじゃないからね」
「はいはい」
「痴漢は犯罪です」
「ごめんごめん」
 とやり合ううちにすべてが流れ、すでに色々有耶無耶になってしまっていることは内緒である。



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