【感想】2024.02.24 舞台「天才バカボンのパパなのだ」
この舞台は有名劇作家・別役実氏が1978年に上梓した同名作品が原作だ。後日聞いたところによると、この本の内容を一言一句変えずに演じたとのこと。
自分はこの舞台の情報に触れるまで、この作品の事も作者の事も全く存じなかった。「バカボン」と言えば漫画とアニメのそれしか知らない。
当舞台のHPに掲載された作者あとがきの文面は本作品の骨子に触れていたが、そこからもこの舞台がどういう作品なのか予想することはできなかった。
そんな訳で、事前情報一切無しの状態でこの舞台に臨んだ。
席に付いて幕が開くのを待つ。というかハナから幕は開いていて舞台セットが見える。電信柱にそれを伝う電線(を模したもの)。その奥に二次元的に見える小屋?のようなもの。その壁に空いた小さな小窓となぜかトイレットペーパー。そこだけ空間から切り取られたかのような窓の中の真っ黒な闇が得体の知れない不気味さを漂わせる。
遠くに鳥の囀る音が聞こえる。
するとなんの前触れもなく、突然ぬるっと物語が始まったので少々面食らった。後から思うと最後も含め、現実と舞台の境目を感じさせないような始まりと終わりだった。
(演劇観覧の経験がほぼ無いので、この感想は的外れかも)
警察署長と部下である巡査の馬鹿馬鹿しいやり取りから始まったこの舞台。ファーストインプレッションは「この署長ヤバい奴」である笑
前提からして理解不能。理解不能な前提を元に会話劇が繰り広げられるからのっけから振り落とされそうになった。巡査が不憫だったしその困り具合と真面目な風貌の署長の訳の分からなさが面白かった。最初は。
そこからどんどんお馴染みの人物が登場し、物語もさらに混迷を極めていく。最初イ○レてるなと思った署長が徐々にマトモに見えてくる。なんせ他のキャラが輪をかけて…なので仕方がない。
ここからの演技が役者・浦井のりひろの真骨頂だった。わけのわからない面倒毎に巻き込まれて困る浦井さんの演技は絶妙で絶品だった。
他の役者さん方も、もうとにかく流石としか言いようがない演じっぷりで、本当に圧倒された。
かみちぃさん演じるバカボンは傍若無人ぶりがとっても愛らしい。だからこそおっさんそのものの喫煙シーンがギャップでめっちゃ笑えた。
市川しんぺーさんのパパは想像していたよりはマトモなダンディパパさんだったし、逆に唯一の常識人?と予想していたママがとんでもなくキレッキレだった。
おじさんならぬレレレのおばさんは押し出しが強くて迫力満点、だけどとってもキュートで心掴まれたし、謎に出てきて舞台を更に引っ掻き回す女1のはるさんもめちゃくちゃ演技巧者で台詞回しも美しく舞台映えした。
まさかの登場をした女2&男(自分が観たのはライス田所さん)も異常な存在感でこの舞台を更なる混沌へと引きずり込んだ。
そしてなにより巡査!とんでもなくエネルギーを使うであろうこの役を、言葉通り熱演しまくったうるブギ佐々木さんがめちゃくちゃとんでもなかった。劇の冒頭、中盤、そして終盤と、テンションの乱高下が生じてて本当に大変だったんじゃないかと思う。個人的にはクライマックスの明るくあの場を仕切る巡査の姿がそら恐ろしくて好きだった。
そんな超強烈なキャラたちに囲まれているにも関わらず、埋もれず存在感を発揮し続けた署長こと浦井さんがマジで恐ろしい。傍若無人なキャラ達の、理論など全くないトンデモ行動に思うまま翻弄され続けた署長がとうとうブチ切れ、デスクの上に飛び乗ってその場の全員を恫喝する様がある種壮観で痺れた。「美幸」の時のいやらしいドスの効いた煽りも好きだけど、追い詰められてパニックになって喚き散らすパターンも大好きだ。浦井さんのキレ芸最高。
世間一般に言うカッコよさとは違い、もちろんそれは逆ギレしている情けないシーンではあるのだけれど、顔を真っ赤にして全力全開に振り切りきった様が清々しくとにかく気持ちよかった。
あとはまあ、制服着て高所から人に拳銃を向ける立ち姿がカッコよくない訳がない。ビジュ的にそらもう超最高。優勝。
付け加えると喫煙姿も最高だった。気だるげな憂い顔もう一度観たい(配信で死ぬほど観たのだけれど)
そこからはあっという間だった。
署長ブチ切れ→女2&男登場→仕切り直しからの超展開が怒涛の勢いで繰り広げられ、そして煌びやかで軽やかで魔訶不思議なラストシーンに辿り着く。どのキャラにも共感を覚えることなく、こちらの理解の範疇を超える理不尽な流れにあっけにとられながら、この極めて不条理なドタバタ劇が終わる光景を見届けた。
しかし、途中から魂が抜けたようになり戦線離脱してしまった署長の心境にだけは、ほんの少しだけ共感と同情を覚えることができたような気がした。
まあ、ある意味自業自得のような気もするけど。
観終わって、HPのあとがきの意味が腑に落ちた。
ラストの展開については色々と想像を膨らませ様々な考察が捗るけれども、この物語はそんなこと自体ナンセンスなんだろうなと思った。
そもそもこの舞台のルーツはナンセンスギャグマンガ。道理なんぞはなから無い、なんでもアリの世界観だ。そこで巻き起こる事象がまともなことであろうはずもないしそこで生きる人々もしかり。それこそが彼の時代に生まれたバカボン世界にふさわしい。
道理が無いのが道理。全くもってメチャクチャでレトロな世界を観て、ただ目の前で沸き起こる理屈の通らない出来事とそれに翻弄されるオカシイ人々のやり取りがとてつもなく面白かった。
それでも。
舞台挨拶で署長から戻った通常運転の浦井さんを見た時の、あの心底ほっとした感覚はしばらく消えないだろう。
おわり
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