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~扉の向こうで待つ人~書く楽しさ再発見!あなただけの文章を紡ぐ スローライティング講座 テーマ「扉を開ける」 講師 黒木里美
「スローライティング講座」では、文章を書くことに苦手意識を持つ方でも、ゆっくり自分のペースで書く楽しさを見つけられるようお手伝いしています。
講座の中では、受講生の皆さんが選んだテーマで自由に作文を書いていただきます。
そして、講師も同じテーマで一緒に文章を書きます!
もちろん理由は、書くことが好きだからです😊
今回は『扉を開ける』というテーマで講師が書いた作品をご紹介します。
言葉をじっくり紡ぐ時間の楽しさや、テーマから広がる世界観をぜひ感じてみてください。
扉の向こうで人
今でもどうやって開けたらいいのかわからない扉があります。それは、母方の祖父母の家にある玄関の扉です。曇りガラスと格子でできたその扉にはドアノブがありません。襖のように、指先をくぼみに添えて左にスライドさせて開けます。問題は鍵です。鍵穴に鍵を入れて、右に半回転したあと左に一回転するという、少し変わった開け方をします。さらに、上下にカチャカチャと動かす必要があり、本当にややこしいのです。
「開いた!」と思って扉をスライドさせても動かないこともしばしば。でも、そんなときは家の中から祖母が開けてくれるのが常でした。母が「カチャッ」と鍵穴に鍵を刺すだけで、祖母がサッとサンダルをつっかける音が聞こえてきます。「ちょっと待ってな、今開けっかんね」と言いながら急いで扉を開ける祖母の姿を見るたび、私たちの到着を心待ちにしていてくれたことが伝わってきました。
私は祖母の姿を、冬の夜によく思い出します。冷たい風にさらされながら、早く家に帰りたい、鍵が開いてほしいと願うあの瞬間。祖母が石油ストーブで部屋を暖めてくれていたこと。扉を開けて中に入ると、ふわっと温かな空気が包み込んでくれたこと。その温もりを思い出すたび、誰かが待っていてくれることのありがたみを感じます。きっと祖母は、そんなふうに長い間、家族や大切な日々をこの家で待ち続けていたのでしょう。
今、その家は空き家になっています。たまに遊びに行くと、また鍵に苦戦してしまいます。そのたびに、祖母が迎えてくれたことのありがたさ、そして嬉しさを思い出します。そして、開いた扉の向こうに、もう一度祖母の「よく来たね」という喜びに満ちた明るい声が聞こえてくるような気がするのです。
あとがき
祖母の優しさや温もりが扉の向こうに待っているという感覚は、私の中にいつまでも生き続けています。祖母が「よくきたね」と迎えてくれる姿、部屋に満ちる石油ストーブの匂い、そんな小さな瞬間が、日々の喧騒の中でふっと心に立ち上がるのです。
思い出とは、過去の中にだけ存在するのではなく、ふとした瞬間に蘇り、今の自分に語りかけてくれるものなのかもしれません。鍵に苦戦する記憶ひとつでさえも、祖母の「待っていてくれる」存在感を教えてくれます。人が誰かを待つという行為には、深い愛情があるのだと思います。
もし、これを読んでくださった方にも、思い出の扉があるのなら、その扉をもう一度そっと開けてみてください。心の中に残る温かい光景や匂い、人の笑顔を探してみて、そして、時間があるときに、どうか書き留めてみてください。それは未来の自分への贈り物になるはずです。誰にも見せる必要はありません。ただ、その時の感情や記憶を言葉にすることで、大切な何かが形を持ち、より鮮やかに残ることでしょう。
人生の中で、何度も立ち止まる瞬間が訪れるかもしれません。その時こそ、心の扉を開いて、大切な人や場所を思い出してみてください。きっと、そこにはあたたかい「よくきたね」という声が響いているはずです。
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1984年東京都文京区生まれ。2012年よりリテラ「考える」国語の教室の講師を務める。子どもたちへの文章技術や国語・作文の指導を通じ、ことばの学びは、困難にぶつかっても、しなやかに心を回復させ、自らの力で乗り越える自信を育ってることに感銘を受け、日々心理学的なアプローチを授業に取り入れられるようにと研究を続けている。2022年からオンライン講座を開始。初年度から300名以上の受講生と出会い、子どもから大人まで幅広い年代に言語技術を広める多様な講座を展開中。中学受験・高校受験では、受験生一人ひとりの個性や資質に合わせたオーダーメイドの指導と、受験メンタルトレーナーとして受験生本人と保護者・家族の心のケアにも努めている。
【資格】受験メンタルトレーナー チャイルドカウンセラー 発達障害コミュニケーション指導者初級 心理学検定1級 文章能力検定2級 中高社会科教員免許 國學院大學法学部卒業