『音楽の理由』~「音」が「音楽」になる~リテラ探求学習研究レポート
音楽科のある高校に通うY・A君は、音楽の起源や作曲家・音楽家の歴史について調べることで、音楽の果たしてきた役割について探っていきました。そして、「音楽家とは何か?」という問いについて自分なりの答えを掴むことができたようです。
この研究をしたのは、新高校2年生のY・Aくんです。
■プレゼンテーション動画
■リテラの先生からのコメント
誰もが音楽を聴き、また、音楽をつくれる社会で、音楽家の役割とは何なのでしょうか。
高校で音楽を学ぶ裕希君ならではの問いかけでした。
哲学的な内容でしたが、これからの裕希君の音楽の道につながっていくと思います。
これからも一緒に考えていきましょう。
■テキスト資料
私たちが音楽をきいて楽しむとき、様々な方法があります。
ひと昔前までは、CDやレコードなどを使用するのが主流でしたが、今では、YoutubeやSpotifyなど、インターネットでより気軽に楽しめるようになりました。
また、ライブ会場やコンサートホールに出向いたりして聴く人も多くいます。
そんな音楽ですが、聴く人もいれば、もちろん作る人たちがいます。
私達はその人たちをアーティストや音楽家と呼びます。
音楽の表現の幅も広がっていて、クラシックなど、伝統的な音楽スタイルもあれば、現代音楽のように、電子音のみで構成される音楽もあります。
ひとりひとりのアーティストに一定の特徴があるわけですが、全員に当てはまることは、音で何らかの表現をしていることです。
今では、私たちの身近に、自由で幅広い音楽がありますが、歴史上、ずっとそういうわけではありませんでした。
今回は、作曲家や音楽家の歴史と、その目的について、個人的な立場も交えながらお話ししたいと思います。
そもそも、音楽の起源はなんでしょうか。
いろいろな説がありますが、木の葉の音や波の音などを真似したとする自然模倣説や、鳥のさえずりのように、異性の気を惹こうとする異性吸引説などがあります。
現代では、音楽は、音楽そのものとして楽しまれることが多いのですが、昔はそうではありませんでした。
音楽とは、元々、歌や劇の中で使われる、演出の一つの手段でした。
紀元前4世紀以前の古代ギリシャでは、歌と踊り、語りが一体になった「ムーシケー」というものがありました。
「ムーシケー」とは、当時、ムーサという芸術の女神にちなんだ「ムーサ的な」という意味をもった言葉であり、音楽は踊りや劇と一体になっていました。
演奏にたけた人々が表われたことによって、だんだん音楽として独立していきました。
しかし、音楽は、儀式や政治、軍事と強い関係を持ち続けました。
古代ギリシャでは、各ポリスの誇りとアイデンティティをかけた音楽競技会オリンピアが開かれ、都市の名誉をかけて演奏を競いました。
キリスト教の教会では、洗礼や儀礼の際に人々が恍惚となるよう、音楽が使われました。
また、国家や軍歌は、人々に、精神的な高揚感を与えました。
このように、音単体で楽しむ文化は非常に少なく、場面に特別な価値をもたらすものとして、また、音と天体など、精神的なつながりを表現するものとして、使われました。
古代の人々は、どのように音楽をとらえていたのでしょうか。
ギリシャの哲学者は、音楽は協和、調和で成り立つと考えていました。
これは、魂や宇宙は、調和して成り立っていると当時の人々は信じていたからです。
また、音楽は人間の情緒を作り、道徳的な基盤としての役割を果たすというエートス論を論じていました。
心に影響を及ぼす音楽の力を理解しようとしたこれらの試みは、今日の音楽理論の根源と言えます。
中世には楽譜の記譜法が確立され、誰がどの曲を書いたことが分かるようになりました。
こうして音楽家たちは名を残せるようになったのです。
昔の音楽家たちは、権力がある人たちに雇われ、お祭りや儀式、劇など、いろいろな場面で起用されました。
たとえば、バッハは、教会音楽に携わり、西洋音楽に多大な貢献をしました。
教会に音楽が欠かせなかった理由は、言葉ではなく音楽の感覚も加わることで、より神との繋がりをもたらすからだと考えられます。
時代が経つにつれて、音楽家は貴族に雇われるのだけでなく、自分から発信していくように移り変わっていきます。
音楽と民衆の繋がりが強くなり、音楽そのものが楽しまれるようになったのです。
例えば、ショパンやリストなどは、フランスのサロンで演奏しました。
また、ベートーヴェンは、人々に、初めて芸術家と呼ばれました。
注文されて音楽を作るのではなく、自己表現として、音楽を作ったのです。
彼らは音楽家の領域を外れ、芸術家という、より大きな枠として捉えられるようになったのです。
現代の音楽を象徴するのが、ヒットチャートを賑わせるポップ音楽と言えるでしょう。
ポップ音楽では、定のリズムとコードの雰囲気が重視されます。
聞き手は、ビートを直接感じて、感情に浸ることを楽みます。
ただ、メディアでは、アーティストと呼ばれる人がたくさんいますが、音楽家とは言えたりいえなかったりします。
例えば、アイドルグループは、音楽家とは呼ばないですよね。
では、音楽家とは何でしょうか。
音楽家に、決まった定義はありません。
音楽家としての条件として、クラシック音楽をする人たちだと思いがちです。
ですが、必ずしともそういうわけはありません。
そこで、僕は、音楽家とはいったいどんな人なのか、考えてみました。
僕は、音楽家の本質は、「生きていくうえで自分で一番大切なもの」を音にして伝えられることだと考えています。
そしてまた、音楽ジャンルの背景や文化、そして音楽理論を介し、雰囲気を真似るだけではない、オリジナリティのある音楽を作ることです。
これらの条件を満たしていれば、音楽で生計を立てている人でなくても音楽家と呼べるのではないかと思います。
音楽は、生まれた時から音で何かを表現して伝える手段です。
時代が経つにつれて、それを奏でる演奏者や作曲者は、個人の価値観をより多く曲に取り入られるようになりました。
いまでは音楽が身近なものになり、気軽に聞けるようになりました。
また、技術の発展により、誰もが音楽を作って発表できるようになりました。
その反面、なにかを伝えたいという思いがない音楽が作られるようになったと感じる時があります。
それは、極論を言うと、今の社会では流行れば、売れれば勝ちだという傾向があるからかもしれません。
そうした時代、わたしたちはどのように音楽と向き合うべきなのでしょうか。
じつは、音楽家と言えども、人々が認めることがなければ、自らを音楽家として語ることはできません。
音楽は、音に過ぎません。
聞き手が受け取って、初めて音楽になります。
ですから、音楽家を形成する部分として、その価値を受け取る「聞き手」が重要になります。
私たちは、聞こえている音だけを楽しむのだけではなく、作曲者の曲に対しての思いや背景を、理解・共有しながら、自分の経験や価値観と響かせ、聞こえていない感覚的な部分まで感じ取ることで、より音楽を楽しむことができるのではないかと思います。
流行っているからではなく、音楽そのものと向き合うことが大切なのです。
これで発表を終わります。
聞いてくださって、ありがとうございました。
■研究の振り返り
◇これはどのような作品ですか?
音楽はどのようにして生まれ、進化していき、人々はどのようにして音楽と向き合うべきなのかを説明する。その中で”音楽家”というのは音楽理論を介して、雰囲気や流行を真似ず、オリジナルの音楽を作曲・演奏する人々なんだなとおもったことを共有する作品。
◇どうしてこの作品をつくりたかったのですか?
自分がピアノを演奏し通津理由が欲しかったから。
また、”音楽家”とはどの範囲の人々か明確な線があるなら、それを知りたかったから。
◇作品づくりで楽しかったことは何ですか?
プレゼンテーションのときでした
◇作品づくりで難しかったことは何ですか?
音楽家ってなんなんだろうに対しての答えを自分なりに見つけ出すことです
◇作品作りを通して学んだことは何ですか?
音楽家は
・音楽活動で稼がなければならない、しかし、稼ぐために音楽活動をするのは音楽の本質ではない
・どれだけ作曲者がよい曲だと思っても、聞き手がそれを評価・気に入らなけば”アーティストや音楽家”として呼ばれない
の矛盾の中で生きているのかなと思ったこと
◇次に活かしたいことや、気をつけたいことはありますか?
調べた情報や、自分の考えを順序良く整理することでした
◇来年、研究したいことはありますか?
音楽評論家って必要なのか
◇この作品を読んでくれた人に一言
音楽の本質は、作曲者や演奏者の人生に対する大切な価値観ものを人々に伝えるためです。是非いろいろな演奏会やオペラを見に行ってみてください。
この記事を書いた生徒さん
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