虚栄
男は幼いころ、金のない生活に苦しんだ経験があった。母が疲れ切った表情で働き詰めの毎日を送る姿、家に響く欠陥のあるガスストーブの音、他の子供たちが持っている新品の玩具を眺める自分。貧困が刻み込んだその記憶が、男に絶対的な信念を与えた。「無駄なことに労力を費やす暇はない。お金がすべてだ。」
この信念に従い、男は努力と機知を駆使して成功を掴んだ。誰もが羨む職業に就き、堅実に財を成した。彼の周囲には同じように高い志を抱いた仲間が集まり、彼の意見に耳を傾けた。しかし、その中に友情や愛情というものはなかった。彼らは競争相手であり、協力者であり、ただそれだけの関係だった。
男は時間を惜しみ、昼夜を問わず働いた。人付き合いも最低限で済ませ、友人の誘いや家族の集まりも冷たく断った。そのすべては「無駄」だと信じていたからだ。彼にとって価値があるのは、数字が増えていく銀行口座の残高だけだった。
しかし、男は稼いだ金をどう使えばいいのかを知らなかった。心の中には達成感も、充足感もなく、ただ膨張する虚しさだけがあった。男はその空白を埋めるため、夜の街に足を踏み入れた。高級クラブに入り浸り、酒を飲み、まばゆい照明の下で他人と笑い合う。そこには何も本物はなかった。男の笑顔は嘘の仮面であり、その周りに集まる人々も金に引き寄せられただけだった。
ある夜、特に派手なパーティーが催された。名だたる人物が集まり、豪華な食事と音楽が響き渡る中、男は心のどこかで空虚さを感じていた。冷えたシャンパンを口に運びながら、ふと壁にかかった鏡に目を向けた。そこには、輝く衣装に包まれながらも疲れ切った表情を浮かべた自分がいた。その眼差しは、何かを探しているようで、何も見つけられないでいた。
「なぜこんなことをしているんだ?」と心の声がささやいたが、男はその問いを無視し、また次の酒を口にした。金はどれだけ使っても減りはしなかったが、その一杯一杯が心の隙間を埋めることはなかった。稼いだ金を意味のない享楽に消費し続ける男の行動は、自らの信念を真っ向から否定しているようにさえ思えた。
翌朝、疲れ果てた男は一人、豪華なベッドに横たわりながら窓の外を見た。青空が広がり、鳥の声が聞こえる。その一瞬だけ、男はかつて金では買えなかった小さな幸福を思い出した。幼いころ、母と手を繋いで見上げた青空を。だが、その記憶はすぐに心の奥底に消え、男はまた虚栄を求めて立ち上がった。
彼は金を信じて生きる。けれどその金は、男に何一つ意味を与えることはなかった。