親として子供にできること
子供が目の前で遊んでいる。無邪気な笑顔を見せるたびに、私はふと考える。彼を本当に「育てた」のだろうか?それとも、勝手に育ってしまったのではないかと。
植物を育てるように、子供も世話をしていれば自然に成長するものだと思っていた。種を植え、水をやり、太陽の下に置いておけば、いつかは根を張り、茎を伸ばす。しかし、植物はただ植えただけではまともに育たない。必要なのは手入れ、土壌の調整、害虫の駆除、適度な水やり、愛情のかけ方まで。
私は本当に、その「手入れ」をしてきたのだろうか?仕事に追われ、彼の目を見て話す時間は少なかった。テレビやスマホに逃げ込むことも多かった。それでも、彼はこうして育っている。
でも、まともに育っているのだろうか?それとも、何かが欠けたまま、形だけの成長をしているのだろうか。
手遅れかもしれない。だが、まだ間に合うかもしれない。私は深く息を吸って、彼に向き合う準備を始める。
私は、彼の名前を呼んだ。遊んでいた手を止め、彼は私を見上げた。無邪気な瞳に映る私は、果たしてどんな親として見えているのだろうか。
「少し話、できる?」
彼は小さくうなずいて、近くに来た。今まで、何度もこの距離にいたはずなのに、今になって初めて彼との距離が遠く感じる。何を話すべきか、考えていた言葉は喉に詰まり、うまく出てこない。こんなにも自分が不器用だと感じたことは、今までなかった。
「最近、学校はどう?」とりあえず、ありふれた質問を投げかけた。彼は少し考え込むような表情を見せた後、短く「うん、楽しいよ」と答えた。嘘ではないだろう。でも、私にはわかる。その言葉の奥に、どこか無関心な響きがあった。
もっと深い話がしたいのに、私は表面的な会話しかできない。いつの間にか、彼の本音に触れることを恐れている自分がいた。自分の不完全さが暴かれるのが怖いのだ。
「ねぇ、最近何か困ってることとか、話したいことない?」今度は少し踏み込んでみた。彼は私の顔をじっと見つめ、何かを探るような眼差しを向けてくる。
「お母さん、僕のこと心配してるの?」突然の質問に、心臓が跳ねた。彼がこんなに真っ直ぐな目で私を見てくることに、驚きを隠せなかった。
「もちろんよ」と、私は慌てて答える。しかし、その言葉が本当の意味で彼に届いているのかはわからない。
「そっか、でも、あんまり心配しなくていいよ。僕、大丈夫だから」と彼は微笑んで、再び遊びに戻った。
その瞬間、私は胸の奥に鈍い痛みを感じた。彼は私の心配を振り払うかのように、あまりにも軽い口調でそう言った。まるで、自分一人で十分だと言っているかのように。いや、それはもしかしたら事実なのかもしれない。彼は、私が思っている以上に、自分で成長してきたのだろう。
それでも私は、これで終わらせるわけにはいかないという思いが強くなった。彼が「大丈夫」だと言うほど、私は本当に彼のことを知っているのだろうか。
次は、どう向き合えばいいのだろうか。
その夜、私は長い間眠れなかった。ベッドに横たわりながら、彼の小さな背中が私から遠ざかるように感じた。自分がずっと「育てた」と信じてきたものが、実はただの傍観だったのではないかと疑いが押し寄せる。
考えてみれば、彼が赤ん坊だったころ、私は全力で世話をした。夜中の泣き声に何度も起こされ、オムツを替え、ミルクをあげた。彼が成長するたびに、新しい挑戦がやってきて、私はその都度できる限りのことをしてきたつもりだった。
でも、いつからだろう?彼が自分のことを自分でできるようになると、私は少しずつその手を離していった。忙しい仕事、家庭の雑事に追われ、彼に「任せて大丈夫」と自分に言い聞かせて、彼の世界に入ろうとしなくなっていたのだろうか。
翌朝、私は決意して彼の部屋をノックした。中に入ると、彼は机に向かい、何かを描いていた。子供らしい色使いの絵だった。彼の描くものに、私はどれほどの関心を持ってきただろうか。
「それ、何を描いてるの?」私はそっと彼の隣に座り、聞いた。
彼は少し照れくさそうに絵を見せた。それは、大きな木とその下で遊ぶ小さな男の子の絵だった。木にはたくさんの葉が茂り、太い幹がしっかりと立っている。まるで、彼自身の成長を象徴するような絵だった。
「これ、僕。ここが家で、この木はお母さんだよ」と彼は無邪気に言った。
私は驚いた。彼が私を木にたとえていることに。そして、その木がしっかりと立っていることに。彼の目には、私はまだ頼れる存在として映っているのだろうか。私がしてきた手入れが、彼の中にまだ残っているのだろうか。
「お母さん、大きくて強い木でしょ?」彼が続けて言ったその言葉に、私は思わず涙が浮かびそうになった。彼の中で、私はただ傍観者ではなく、彼を支えてきた存在として存在していたのだ。
しかし、それだけでは不十分だと感じた。彼が育ったのは確かに私の影響もあったかもしれないが、それは「育てた」と胸を張れるほどのものではなかった。
「ねぇ、これからはもっといろんなこと話してくれる?」私は静かに彼に尋ねた。
彼は一瞬戸惑ったように私を見たが、すぐに笑ってうなずいた。「うん、話すよ。でも、お母さんももっと僕に話してね。」
その言葉に、私は深くうなずいた。育てるというのは、ただ見守るだけじゃない。手入れをし続け、関心を持ち、共に成長することだと、今さらながらに気づかされた。
私はもう一度、彼と向き合う覚悟を固めた。
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