値札の付いた愛

彼女はソファに座り、目の前のテーブルに置かれた契約書をじっと見つめていた。高級ホテルのスイートルームは静寂に包まれている。窓の外には東京の夜景が広がり、無数の光がまるで星空のように輝いている。しかし、その美しさは彼女の心を癒すことはなかった。


「これでいいのか?」自分に問いかけても、答えは出ない。


契約書に書かれた金額は驚くほど大きかった。ゼロの数が現実感を奪い去る。しかし、その金額には彼女の価値が全て込められている。若さ、美貌、従順さ——彼が求めるものは全て記されている。そしてそれは彼女のすべてを表すようで、何か大切なものを奪い去るようでもあった。


ドアがノックされる音がした。彼だ。彼女の胸は高鳴った。恐れ、興奮、そして一抹の期待。


「入って。」彼女は小さな声で答えた。


スーツを着た男が入ってきた。彼は紳士的で、香水の香りさえも完璧だった。テーブルの向かいに座ると、彼女をまっすぐに見つめた。その視線には欲望が滲んでいたが、それ以上に何か冷たいものがあった。


「考えはまとまった?」彼は穏やかな声で尋ねた。


彼女は契約書を指先でなぞった。「もし、私がサインしたら、それは本当に愛なの?」


彼は微笑んだが、その笑顔はどこか人工的だった。「愛をどう定義するかによるね。でも、お金が君を幸せにするなら、それは愛の一形態と言えるんじゃないかな?」


彼女は答えなかった。ただ、契約書を再び見つめた。紙の上のインクが彼女を飲み込もうとしているように感じた。


「本当にこれでいいのか?」再び自分に問いかけたが、やはり答えは出ない。


ペンを手に取り、彼女はサインをした。その瞬間、彼女の中で何かが壊れる音が聞こえた。


彼は満足そうに契約書を手に取り、立ち上がった。「素晴らしい選択だ。これからは僕が君を守る。」


彼が部屋を出ていくと、彼女は窓の外を見つめた。東京の夜景は変わらず輝いている。でも、その光はもう彼女の心には届かなかった。


愛とは何か?お金で買える愛とは、本当に愛なのか?彼女はその問いに答えを出すことができなかった。ただ一つ確かなのは、彼女の心には今、値札が貼られているということだった。

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