『虎に翼』を見終えて

ついにこの日が来てしまった。
この半年、私の毎日を彩ってくれたNHK連続テレビ小説『虎に翼』が最終回を迎えてしまった。
何度も見たくなる、ここまで見てきた視聴者にとってご褒美のような最終回だった。
このドラマに携わった全ての方々に一視聴者として心からの感謝を伝えたい。
本当にありがとうございました。



このドラマのどこが画期的で何が素晴らしいのか、わざわざ私が書くまでもないし、適切な言葉を用いて書ける自信もないので割愛する。
ここでは明治大学法学部生-寅子-三淵嘉子さんの後輩として、法律を学び法律を仕事にする人間として、感想を書きたい。

まず「法律」と聞くと、やはり最初に「難しそう」というイメージがあると思う。
初めて会った人に「法学部です」というと、高確率で「すごいね!頭いいね!」だったり、「弁護士になるの?」と言われたりすることが多い。
法学部だから、といって他の学部より優れているなんてことはありえないし、法学部生全員が弁護士になっていたら世の中法曹だらけである。
法律を学んでいるからと言ってその人が何か優れているわけでは決してなく、たまたま法学部を選んだだけなのに、周りからそう言われることにずっと違和感があった。
きっとこれは、法律に対する「難しそう」というイメージが先行しすぎている、そしてあまり法律を身近に感じられていないのが大きな理由だと思う。
実際これまで法律を学んできてどうだったかと言えば、難しいというのが正直なところだ。
条文や判例は独特の言い回しをするから何を言っているか分からないことがよくあり、1度読んだだけでは理解できない。それなのに授業は教授の一方的な講義ばかりで全く内容が頭に入らない(私が悪い)。今まで法律を学んできたとはいえ、4年間で何を身につけたのかと聞かれたら答えに窮してしまう。
もちろんちょっと深くまで勉強したら何となくその面白さの片りんが見えてくるのだが、そこまで勉強する道のりがとても長く感じる。一瞬面白いと感じた法律やその概念、解釈でも、すぐに難しいものに戻ってしまう。

それでも何とか単位を落とすことなく4年まで進級した。そんな時に放送が始まったのが『虎に翼』だ。
私は虎に翼を見てから「法律ってこんなに面白かったんだ。最初からもっとちゃんと勉強しておけばよかった」とそれはそれは後悔した。
寅子がよねを追いかけ最初に傍聴した離婚訴訟のような身近なものから、直言が裁判にかけられた共亜事件という世間をゆるがす大きな事件まで、どのように法律を解釈し、判決を下すのか、そこまでの過程が、ドラマとして成立させた上で面白く分かりやすく描かれていた。何度もあった裁判官が判決を読み上げるシーンはどれも印象に残っている。原爆裁判で、汐見が判決文を読み、損害賠償請求の棄却が確定した時点で多くの記者が退廷しようとしたが、その後の判決文を聞かせるために声のトーンを変えて、法廷の空気を改めて引き締めたあのシーンは、数多くある虎に翼の名シーンのひとつだと思う。
今まで難しいと思われていた法律のイメージが大きく変わったのではないだろうか。
これから私は法律に携わる仕事に就く。法律の勉強はこれからも続けなければならない。虎に翼のおかげで、これから法律を勉強することに今までよりも少しワクワクしている。


そして虎に翼を語る上で欠かせないのは、

日本国憲法第14条

である。
もう1人の主人公であったと言っても過言ではない(もっとも虎に翼では寅子以外で、花江やよねなどもう1人の主人公と言える存在がほかにもいた。)
明治大学法学部では1、2年で憲法が必修のため、もちろん履修済みだ。物語後半の大きなトピックとなった尊属殺人についても、法学部では必ず扱うため知っていた。
そんな私でも、第14条のその本質については何も知らなかった。
歴史として、条文として「知っている」と、本質について「知っている」は天と地ほどの差がある。きっと同じことを思った人は多いのではないだろうか。
第1話で、川辺で新聞を読みながら涙を流す寅子から戦争で何もかもを失った女性たちが同じように新聞を読んでいる。その姿が映し出されながら、尾野真千子のナレーションで第14条が読み上げられる。
そして第45話、第1話の冒頭のシーンに戻り、戦争を経て多くのものを失った寅子が初めて日本国憲法を涙を流しながら読み、優三が現れる。
涙無しには見られない珠玉の名シーンだ。
第14条は出征前、優三が寅子に願ったことそのものだ。
人種、信条、性別、社会的身分、門地といった何かに縛られず、
「自分の好きに生きること」。
それが日本国憲法第14条だったのだ。



虎に翼のおかげで、日本国憲法の本当の意味がきっと多くの人に知れ渡った。
法律は自分たちの生活に身近で、必要なものであると気づかせてくれた。
理不尽に対し、怒ってもいいのだと、声を上げていいのだと、教えてくれた。
今の私たちがあるのは先人たちの普段の努力によるものだと知ることができた。

最後に私の好きなシーンについて語って終わろうと思う。
それは第5話、第1週の最後に寅子が母・はるに六法全書を買ってもらい、橋の上(聖橋?)で六法全書を手に地獄への道を歩み始めるシーンだ。
このシーンが放送されたあと、主題歌の『さよーならまたいつか!』のフルバージョンがハイシンサレ、2番に
「人が宣う地獄の先にこそ わたしは春を見る」
という歌詞があり、米津さんの物語の解像度の高さに脱帽した。私はこの歌詞と1番の同じ箇所の「土砂降りでも構わず飛んでく その力が欲しかった」
がいちばん好きだ。
話は戻って、なぜ第5話のシーンが好きかと言うと、自分の恵まれた境遇との違いを目の当たりするものだったからだ。
寅子は明律大学女子部法科に入学を許してもらうために、いくつものハードルを越えなければならなかった。その最後が母・はるであり、だからこそはるが桂場に啖呵をきり、買う予定だった振袖ではなく六法全書を買い与えたシーンは素晴らしいものだった。
私は明治大学法学部に入学したが、法学部を志望学部にした時、誰にも反対されることはなかった。さらに寅子が苦労して手に入れた六法全書を、私は大学入学時のガイダンスで大学からプレゼントされた(六法全書ではなくデイリー六法だったが)。
100年前は女が法律を学ぶことにあれだけ多くのハードルがあったのに、100年後の今、女でもなんの不自由なく法律が学べる社会になった。
これは寅子のような道を切り開いた女性たちのおかげだ。
今でも法学部は男子の割合の方が高いが、女性だからといって差別されることはない。

寅子、ありがとう。

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