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なんでルチャって右で組むの?

90年代、日本のマット界はインディー団体の登場で、多団体時代へと突入。

そのおかげといってはなんだが、それまで見ることのできなかった、メキシコ直輸入のルチャ・リブレを日本にいながらにして堪能できるようになった。

それ以前もメキシコから多くのルチャドールが来日していたが、日本人の対戦相手として呼ばれた彼らのほとんどが、持ち味を発揮できずにいた。
しかし、そんな彼らも十数人まとめて来日するようになり、メキシコ人同士の対決になると、ウソのように見違えた動きを見せ、ルチャの楽しさが日本のプロレスファンにも伝わるようになったのだ。

そんなルチャドールの試合を見ていて、あることに気づいたファンは多いはずだ。

「なんで右で組んでるの?」

日本やアメリカでは左で組むロックアップという動作が、ルチャドールは逆の組み方だったのだ。
聞いた話ではメキシコにはアメリカからプロレスが伝わったという。

「いいかげんなメキシコ人のやることだから、どこかで間違えて伝わっちゃったんだろうな」

ずーっとそう思いつづけたまま、2016年1月週刊プロレスのCMLL特集をやらせてもらった時に、歴史をさかのぼっていろいろ調べてみる機会があった。
それまでCMLLの歴史を一切調べようとしてこなかったのは、この時点で旗揚げから82年がたっており、あまりにも長い歴史であるため、中途半端にやるならやらないほうがいい、と思っていたからだ。

覚悟を決めて調べていくと、思い違いをしていたことに気がついた。

メキシコ人がアメリカにプロレスを教えてもらいに行ったわけではなく、アメリカ人の選手が数週間ごとに数人、入れ替わりでメキシコにやって来ていたのだ。

これでは間違えて伝わるはずがない。

じゃあなんで?

メキシコでルチャが始まったころのコーチは、柔術出身者というのは聞いたことがあった。おそらく何も知らないルチャドール候補生に受け身を指導したんだろう。

えっ!?コーチって、CMLL旗揚げの最初の頃だけじゃなく、30年近く教え続けていたの?
じゃあこのコーチの影響ってすごくあるんじゃ……。

という感じで、バラバラなパーツを組み立て、今回GスピリッツVol.69で発表させていただいた「柔術とルチャ・リブレの関係」執筆にいたりました。

気になった方は、Gスピリッツ Vol.69 「柔術とルチャ・リブレの関係~メキシカンプロレスの源流を辿る~」をお読みいただけるとうれしいです。

今回は宣伝になってしまい、すみません!





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