終・日蓮上人の鎌倉を巡る旅
妙法寺を出て小町に向かう。本興寺、常栄寺(ぼたもち寺)は以前お参りしたので今日はパスさせてもらう。齢には勝てないわ。
本興寺は、日蓮上人が辻説法の際の休息場所として利用したと言われる寺。
常栄寺(ぼたもち寺)は、龍の口の処刑場に向かう日蓮にぼたもちを献上し、そのおかげで日蓮に奇跡が起こり処刑を免れたとの故事がある寺。
二つのお寺の方角に手をあわせて、ごめんと思ったところに面白い寺を発見した。
今年の鎌倉検定2級の試験問題にもでていた上行寺。
問題は次のとおり、「桜田門外で大老井伊直弼を襲撃した水戸浪士の一人、広木松之助がかくまわれ、後日その境内で切腹し果てたといわれ、境内に墓がある寺はどこか」
上行寺!
正解!
このお寺、なかなかユニーク。独特な味のある字でいろいろなことが書いてある。入り口には「お経中でもご自由にお入りください」と掲げられているので、興味をそそられてお堂に入ってみた。
最近、眼の調子が悪いので御利益あると良き。
調べたら、ここは、全国から人が訪れる瘡守稲荷だった。癌封じでも有名なよう。親切なおばさんがいるらしい。
いろいろ眺めていたら、40代くらいの女性がすーっと入ってきた。何度も足を運んてるんだろう。お財布からお賽銭を出して静かに賽銭箱に入れて、長い間とても真剣に拝んでいた。拝み終わるときっちり膝をたたんでお辞儀をして出ていった。きっと御利益あるよ。
お堂を出ると、道路を隔てて北条政子の御墓のある安養院が目の前。ここはつつじの寺としても有名。大ぶりのつつじなの木があるので咲いたらさぞかし綺麗だろうと思う。
喉が渇いたと思いながら歩いていると「変な雲」という声。
見上げてみるとホント怪しい雲。
晴れてるけどポツポツと雨つぶが……。
頑張ってずんずんと歩く。日蓮上人が降らしてくれたのなら有り難く受け止めよう。
さあ、小町に入った。大町から小町まで早歩きで10分はかからない程度。日蓮上人も毎日のように草庵から辻説法にここまで来たのだろう。
ちょっと見慣れない建物が見えた。
ここは知らなかった、なかなか立派な建物だ。中を覗いてみれば、エネルギッシュな日蓮上人様がおわした。
ここが今日の終点の辻説法跡。当時の鎌倉は地震、暴風雨、干ばつ等で疫病が続発し、不安と恐怖におののく人々が溢れていたということ。皆、日蓮上人の話を聞いては、不安や恐怖を頭から追い払っていたのだろう。
今日は良く歩いたので、ここで終了。穴場のコーヒー店で疲れを癒そう。
心地よい喫茶店で、しばし休息。
コーヒーもチーズケーキも美味しい。
夕焼けも明日の力を引出してくれそう。
☆
一日開けて、30日に残りの旅を続けた。
今日は、極楽寺がスタート。ここから龍の口の法難の際、日蓮上人が刑場のある龍口寺まで歩いた道を辿るコース。
極楽寺と言えば日蓮が国が乱れていることの元凶の槍玉に挙げた忍性の御墓のあるお寺。日蓮とは縁が深い場所だ。
海に抜けるこの道は、とても好きな道。時折、江ノ電がすぐ横を通り、昭和からある文化がところどころに残っている。なんか安心する通り。稲村ケ崎を西方浄土に見立てれば、ほんとに極楽街道。
極楽寺街道の命名はこちらの記事に↓
しかしながら、今日は日蓮上人のことを思いながらの道行きなので気分上々ではない。刑場までの道なのだ。
これまでこの石碑が目に入らなかった。
やはり、その事物に関心があるかないかで埋もれた風景があるのだと思い知る。
さっきから一羽のカラスがずっとこちらを見てた。わたくしの信心を確かめられてるように。
南無妙法蓮華経。
鴉も日蓮上人に興味があるのだろうか?
カアーッーと一声、長めに啼いた。
あとは刑場を残すのみ。腰越を抜けて江ノ島駅からすぐだ。
昭和レトロなものたちを横目に歩こう。
江ノ電の通る車道を抜ければ、龍口寺に到着。湘南に来てから数十年、何度も通って、その度に気になっていたけれど初めて龍口寺に入る。なんとなく恐れや禍々しさを感じてたのかも知れぬが、ようやく縁が結ばれる。まずは刑場跡へ。幾つの魂が天へ昇ったのか、地獄に落ちたのか。
歳の瀬の願いは、戦争の終結と来年も世界が続くこと。
大きなものの力に抗えず、散った命の数々を悼む。
明日も明後日もその次の日も、日よ昇れ、月よ輝け、花よ咲け。
威風堂々とした日蓮上人像に強さを想う。
強靭な精神は、土牢の中でも屈することはなかったのだろう。
天井には龍の絵図。辰年も残り二日。
中国の説話、八題が彫られていた。内容を調べてみようっと。
寂光殿は、永代供養の施設らしい。
龍口寺には、神奈川県に3箇所しかない五重塔がある。しかも木造建築なのだ。最後の力を振り絞って上がろう。
五重塔は仏舎利塔を和風に直したものらしい。見る価値あった。
ここには最も見晴らしの良い高台に仏舎利塔もあるのだ。さらに登ってみよう。
結構な急階段。裏手から廻ってしまったようだ。表に行こう。
おおっ、神々しい、しかも誰もいない、ひっそりしてる。
仏舎利塔の真ん中には黄金に輝く仏像がある。
緑色のレリーフは、近くで見てみよう。
手塚治虫の「ブッダ」で馴染んだ世界。ゴータマ・シッダールタの誕生から涅槃までの一生が描かれていた。
ああ、来てよかった。
眺望も最高なのだ。
もう少し天気ならば、くっきりと山々が現れるだろう。
ベンチがあったので、しばし持ってきた本のページをめくる。風も心地よい。時折、江ノ電がチンチンチンチン♪と微かにかわいい音を鳴らしてる。
この小晦日の薄暮の高台、生き物の気配はするが、だれもいないのが良い。
有り難い一日だった。
急に空気が変わった。
あっ、黒ずくめでシルバーのネックレスをした若者が、早歩きでやって来たのだった。人の気配って凄いと改めて思う。一瞬で空気を変える。
ちょっと以外だったので身構えるけれど、黒ずくめの若者はこちらには一瞥もくれない。わざとかな。
仏舎利塔の階段を駆け上がった彼、仏像の前で一礼すると合掌し、レリーフを見るでもなく仏舎利塔のまわりを飛ぶような小走りで一周した。また早歩きで降りてくると、仏舎利塔の前の石碑に手を合わせて一礼。キョロキョロしながら、また小走り仏舎利塔の裏手に隠れるようにいなくなってしまった。わずか数分の出来事。けれども、明らかに彼が何か信じるものや願いを持っていることを感じた。
しばらくぼんやりしてから、彼が拝んでいた石碑を見に行った。
そこには、南無妙法蓮華経の刻まれた碑。ここにも日蓮上人が居た。
石碑の前には対で花が盛られていた。
淡いグリーンのカーネーション
黄色のスプレー菊
淡いピンクのストック
右はきれいに活けられてるのに……。
左側の花挿しからは、3本の花が散らばって土の上に落ちてる。なんかカラスの仕業みたいと可笑しくなった。
あっ。
袈裟懸の松の鴉だ。
あいつだったのか。
そろそろ鴉の啼く時間になるころ。
散らばった花たちを拾い上げ、花挿しに花たちを活け直した。
やっぱりひとりでに笑いがこみ上げてきた。
さあ、明日は大晦日だ。
了