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『身分帳』から『すばらしき世界』


自分の背丈よりも積みあがった「身分帳」は彼の言わば履歴書。それは他人が書いた矯正施設の管理上必要な事柄の記録。

その三上正夫の「身分帳」を読み解いて、ノンフィクション・ノベルにしたのが佐木隆三。

そして、三上正夫を現代に蘇らせてスクリーンに映し出したのが西川美和。

テレビでは、たちまちコンプライアンスに引っかかって放映できないと思われる人間像=三上正夫。ある意味、結晶した人間像は、リアル。

マジョリティの大人たちは、「この世界では、みんなが我慢している。それを理解しろ」という。そして、「それが普通なのだ」という。

「お前のやり方では、誰も守れない。それが正義だと考えたとしてもだ。みんな好きなことだけやって暮らしているわけではない」

この意見に対して、「至極当然の事だ」と思う人が大半だろう。そんなこと改めていうほどでもないかも知れない。

それができない人間が、三上正夫。わがまま、自分勝手、自分の感情をコントロールできない。そして、社会から居場所をなくしていく。仕方がないよね、と皆から諦められる。自分の考える正義の範疇から逸脱すれば、怒鳴る、鉄拳を振るう。彼の世界は狭い。あえて隘路を辿ろうとしてるのではないかとも見えるが、彼にはそれしか道が見えない。

普通の人が、自分より弱い人に対してひどい扱いをするシーンがある。そんな場合、大抵は無自覚。でも、きっとどこかに違和感があったり嫌な気持ちが残っていたりしてると思う。しかしながら、ひとりでも他人が同調すればその違和感は消えてしまうだろう。注意深く自分に巣食う悪を取り除くのは厄介だ。

じぶんの弱さに気づいてしまった人は、弱い人に優しい。なんか、他人事ではないと思えるからかな。自分の心の一部に、三上の心があることにうすうす気づいているからなのかもしれない。

弁護士、弁護士の奥さん、新聞記者、スーパーの店長、福祉事務所のケースワーカーが三上のもとに集まってた。少しずつ仕事からはみ出てるように見えた。


誰でも少なからず、社会に束縛され、翻弄されて、我慢しながら、時には人を押しのけ、踏みつけたりしながら、知らぬふりをして、それぞれの生を歩んでいる。


暴くなあ、とため息がでた。


それでも、すばらしき世界。

すぼんだ世界から覗けていた晴れた空はどこまでも広がってた。


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