『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第24話
私は人々の笑顔を見るのが好きだった。
誰かの笑顔を見るだけで、自分も嬉しい気分になった。
もっと、誰かのために、何かできないかいつも考えていた時があった。
あの事件が、起こるまでは……。
クラネは、ごく普通の家庭に浮かべた。母親と父親とクラネの三人で、暮らしていた。
「クラネ、勉強熱心ね」
家の中で、一人黙々と机の上で手を動かし勉強している少年クラネに、彼の母親はそう言った。
クラネは、目をキラキラと輝かせながら言った。
「うん、たくさん勉強をして、偉大な魔法使いになる!そして、多くの人の役に立つよ!」
幼かったクラネは勉強熱心だった。親からは、誰かのために、生きることが幸せに繋がると教えられて育てられてきた。努力家であり、類まれなる魔法の才能にも恵まれていたこともあり、魔法学校の生徒や先生からは一目置かれていた。
だが、そんな才能を恵まれ並外れた力を持つ彼を恐れたり、嫉妬心を抱いたりするものが少なからず存在していた。
クラネ自身、そのことに気づいていた。どこか、除け者にするような目で見られたり、化け物とわざと聞こえるような声で囁かれたりした。でも、大して彼は気にしなかった。自分を非難するものがいても、多くの人の役に立てているのであれば、きっと幸せが訪れると信じていたからだ。
そんな彼に人生を大きく変える出来事が起こる。嵐で、家の窓がガタガタと揺れ、外は雨がザアーと降り注いだある日のこと。
「誰か窓の外にいる」
クラネが、窓の外にいる何者かの気配に目をさっと向ける。その瞬間、雷が鳴り響き、窓の外にいる何者かの姿のシルエットが窓に映し出されたかと思うと、窓がガラガラと開き、部屋の中に入ってきた。
「な、何者だ!?突然、部屋の中に入ってくるとは」
クラネは、突然の訪問者に戸惑い警戒する。部屋に入ってきた人物は、フードを被り顔が見えないが、体から血液を流している。危険な状況にあることはすぐにわかった。訪問者は、意識が朦朧として、体勢を崩す、床にガタッと倒れ込む。
「大丈夫か!?」
「た、助けてください」
フードの人物が、クラネの方を振り向いて言った。その素顔を見てクラネは、目を大きく開くと驚愕した。
「ま、魔物……なのか」
フードの人物は、犬の顔をした女性の魔物だった。魔物が普通、こんな家の中に入ってきたりはしない。思わぬ訪問者に驚かずにはいられなかった。
魔物は人を襲う。もしかしたら、襲いかかってくるかもしれないとクラネは、身構えたが、この魔物からは、敵意を感じない。むしろ、助けてほしそうにしている。
苦しんでいる人がいる。それが、魔物でもほって置けない。
クラネは、回復魔法を使い、魔物の傷を癒やした。魔物は元気になると、感謝の言葉を述べる。
「助けてくださり、ありがとうございます。私はモアと言います」
モアは、襲ってくることはなかった。クラネは、それから、モアから魔物に関する様々な話を聞き、人類が隠してきた知られざる事実を知ることになる。
モアは、元々、村の外にある魔界と呼ばれる場所にいたが、人間たちに捕らえられていた。モア以外も、魔物が捕らえられていたが、人間たちの実験によって命を落とした。
人間たちは、魔物の体内からボックスと呼ばれるマナの入った箱を取り出し、そこからマナを多く抽出する実験を行っていた。モアも、その対象として収監されていたが、命からがらなんとか逃げ出したようだ。
逃げ出す際に、人間たちの攻撃を何回か受けて身体にボロボロにされたモアは、クラネの家に入り、一か八か助けを求めた。
「そんなことが、裏で行われていたなんて許せない」
クラネは、モアの話を聞いて心が傷んだ。回復魔法を使用し、モアの傷を治してあげた。
「クラネさん、ありがとうございます」
モアは、律儀に感謝の言葉を述べた。
魔物にこうして、感謝の言葉をもらっている。奇妙な感じだ。
モアとの会話に戸惑っていると、クラネの部屋の扉がいきなり開いた。
「クラネ、その子は何?魔物?」
母親は、モアの姿に驚き、佇む。
「なんだ、何かあったのか!?」
母親の驚いた叫び声を聞いて、慌てて父親も駆けつける。両親にモアのことを見られてしまった。実は、人が魔物と交流を持ったり関係を持つことは、人間社会ではあってはならない禁忌とされていた。もし、魔物を目撃すれば、すぐに魔物討伐部隊に報告しなくてはならないことになっている。当然、報告すれば、その魔物の命はない。討伐部隊によって、屠られてしまう。
モアも報告され、殺されてしまうのか。
クラネは、ぎゅっと拳を握りしめ、勇気を振り絞り言った。
「この子は、悪い子じゃないんだ。僕に助けを求めただけだ」
クラネの話を聞いて、母親と父親はお互いに顔を合わせる。まだ、状況をうまく理解できていない様子ではあったが、クラネの話をちゃんと聞いてくれた。
「いい子だ。困っている魔物を助けたんだね」
両親は、クラネは咎めることなく、むしろ困っている魔物を助けたことを褒めた。モアは、この人間が住む村で一人で生きていくのは難しい。見つかれば、人間たちに殺されてしまうかもしれない。そこで、モアが、魔界に帰るまで、クラネのお家でしばらく面倒を見ることになった。
だが、この判断がクラネの人生の歯車を大きく狂わせることなる。
クラネは、モアと一緒に過ごすうちに、少しずつ彼女に心惹かれていった。人間と魔物という関係ではあったが、通じ合うものがあった。何より、彼女の浮かべる笑顔が素敵だった。辛い時、挫けそうな事があっても、彼女の笑顔を見れば、頑張ろうって思えた。
類まれなる才能を持ち、化け物扱いされていたクラネは、孤独感に苛まれ生きてきた。そんな彼にとって、モアとの日々は、いつの間にかかけがえのないものとなっていく。
思いがけない幸せが山のように積み上がり、彼は、これ以上もないというくらい幸せをしみじみと噛み締めていた。
ある日、モアと一緒に山の近くにある花畑に出かけた。当然、出かけるときは、モアはフードで素顔を見られないようにして人目を避けながらだ。
この日は、温かな風が吹いて、花畑の花びらが優雅に宙を舞う。花畑からは、モアと一緒に村全体を眺めることができた。地面に手をつき、幻想的な村の風景に心落ち着かせていると、クラネとモアの手が優しく触れ合う。
「「あっ!?」」
二人は、お互いに顔を赤らめながら、そっと見つめ合った。
私は、何を考えているんだ。モアは魔物で、私は人間だ。そこには、絶対的な壁がある……。
クラネが戸惑っていると、頬に柔らかく温かい感触がした。すぐ横に目線を向けると、すぐそこにモアの顔があった。
「えっ、えーーー!!!」
クラネは、顔を林檎のように赤らめて情けない叫び声を天に轟かす。
モア。君は、こうも簡単に人間と魔物の分厚い壁を壊してくれる。
二人は、共に惹かれ合っていた。いつまでも一緒にいたい。それこそが自分たちにとっての幸せなのだと疑うことはしなかった。
急に訪れた幸せは、あっという間に朽ち果てて、絶望の香りをほんのりと漂わせる。
二人が、家に帰ると扉が少し開いていた。いつもなら、用心のために扉は閉めているはずだ。二人はすぐにいつもと違う違和感を感じ取った。そして、鼻を刺すような強烈な臭いが扉の隙間から漂ってくる。
この臭いは……。
臭いを嗅いだ瞬間、脳内に危険信号が走る。恐る恐る、クラネたちは、扉を開け家の中をそっと見た。
家の中を見ると、両親が家の床の上で血を流しながら倒れている。クラネは、その光景に一瞬、唖然となったが、すぐに気持ちを切り替えて倒れる両親のところへ駆け寄る。
「クラネ、逃げて……討伐隊が来る」
母親は、辛うじて意識があった。近づいてきたクラネに、そう告げると、目を閉じて意識を失った。
「お母さん……」
クラネがそう呟いた時、家の窓が一斉にパリンと割れて、3人の男が勢いよく入り込んできた。
あの服装、討伐隊。
こいつらの仕業か。
「見つけました。あの魔物を排除しなさい」
討伐隊のリーダーらしき人物が、モアを見つけると隊員に指示する。
隊員は即座に、持っている剣を片手にモアに襲いかかる。
「させるか」
闇の力よ。奴らの視界を真っ暗に染め上げよ。
クラネは、咄嗟に呪文を唱えると黒い霧が討伐隊を包み込む。黒い霧に視界を奪われている隙に、クラネはモアの手を握り、一緒に外に出てできるだけ遠くへと走った。
モアだけでも救う。絶対に。
ひたすらに、クラネとモアは走った。息が苦しくなりながら、手足を思いっきり動かして。だが、討伐隊からは逃げることは出来なかった。討伐隊は大人で、クラネとモアはまだこの時は子供だった。知らぬ間に追い詰めらてしまった。
建物の影に隠れ身を潜めているクラネたちに討伐隊のリーダーが、話しかける。
「おとなしく出ておいで。大丈夫。苦しませず、あの世に行かせてあげますから」
「私の両親を傷つけたのは、お前たちか」
クラネは、身を潜めながら討伐隊の男に問いかける。
「ええ。魔物と人間が関係を持つことは禁忌。魔物と交流を持ち一緒に暮らすなど到底許されざることだ。死罪に値する。君の親は死んで当然だった」
討伐隊の男の言葉を聞いてクラネの中で何かが崩れ去った。
誰かのために、生きる。
そうすれば、自分の幸せにつながる。
誰よりも゙誰かのために生きてきた親の言葉だ。
だけど、そんなのは詭弁だ。幻想に過ぎなかった。
「モア、フードで目を覆って。今から私がやろうとすることを見てはだめだ」
「まさか、一人で討伐隊のところへ行くんじゃ……」
クラネは、顔にすっと影を落とし、モアのフードを彼女の瞳を覆い隠すように下ろした。
「私なら、大丈夫。あんな奴らには、負けない」
そう言い残すと、クラネは一人、建物の角から姿を現し、3人の討伐隊の方まで歩いた。討伐隊を見つめるクラネの目には、激しく燃え盛る憤怒の炎を宿している。
「その目、一人で、私たちとやるつもりか。お前は、一人。方や、我々はエリート3人だ。勝てる道理などありはしない」
討伐隊の男が蔑むような憎らしい笑みを浮かべながら叫ぶが、クラネは動じず少しずつ討伐隊の方に歩いて近づいていく。
ようやく分かったよ。
私が、何故、類まれなる才能を天から授かったのか。
誰かの役に立つためなんかじゃなかった。
私の力は慈悲の心を持たぬ外道どもを屠るためにこそある。
溢れ出る憎悪の気持ちが心の奥底からぶわっと湧き上がるとともに、クラネの身体から禍々しいマナが放たれる。そのあまりに巨大で、いびつなクラネのマナを目の当たりにし、討伐隊の3人は息が詰まりそうになり、恐怖で身震いした。
やばい……殺される。
討伐隊全員が、すぐさま自らの死を予感しクラネから脱兎のごとく逃げだす。
「私から、大切な人を奪っておいて、逃げられると思うなよ」
クラネは、逃げ出す討伐隊員の背中をギロリと睨みつけ言った。
「ば、化け物が……」
討伐隊の一人が、クラネのもの恐ろしい姿を見てそう言うと、クラネは容赦なく呪文を唱える。
「うっ、うあああああ、助けてくれ!!!!うあっ……」
村の中にある狭い路地に、討伐隊員たちの狂気に満ちた悲鳴が鳴り響く。建物の角に隠れているモアは、フードで目を隠し身を震わせながらその悲鳴を聞いていた。
討伐隊員たちの悲鳴が収まると、クラネはモアのもとに近づき話しかけた。
「終わったよ、モア。私たちはもう自由だ」
モアがクラネの声を聞いて、フードを上げた。彼女の視線の先には、安らかな笑みを浮かべたクラネが立っていた。
※※※
もう過ぎ去った過去だ。戻らない。変えられるのは、未来だけだ。
クラネは、かつてのモアとの輝かしい日々を思い出し、閉じた瞳を開けると、カナタの体内からあらかじめ取り出していた鍵を懐から出した。
「さあ、始めよう。今こそ、革命の時だ!」
叫び声を上げた直後、魔王の力が封じられているボックスに、鍵を差し込み、回転させる。すると、ガチャという音ともにボックスの中から、禍々しい瘴気がぶわっと漏れ出て、クラネをあっという間に飲み込んだ。
「なんて、禍々しい瘴気。これは骨が折れそうね」
カナは、杖を握りしめると瘴気に包まれたクラネの姿を見つめた。
https://note.com/tender_godwit596/n/n4bb8e3c24860
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