秘密のカヲきゅん12
カヲルにとって今回の仕事はたいへん有意義なものだった。
お店の宣伝をするという仕事は全く経験したことが無かったからだ。会社勤めをしたことはあったが事務だったし、スーパーでパート勤めをしていた時は、お総菜売り場で毎日揚げ物を作っていたし…
まず、モニターの仕事自体が初めてだった。カヲルに求められるのは「美味しそうに料理を食べる」ということだけだったから、おもいっきり空腹になって現場のレストランに向かうようにしていた。
「ほら、あのおねーさんそうだよね?」
「ほんとだー、実物は小柄な人だー」
近くにいる人たちのどこからか聞こえてきた。
「あの…一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
買い物帰りの女性ふたりに声をかけられた。
「はい!」
カヲルは快く返事した。
「ありがとうございます。いつも『お食事のコーナー』観てます。がんばってねー」
「ありがとうございます…」
ふたりの女性は写真のお礼を言うとレストランに入っていった。
「カヲルはけっこう人気あるよ?」
長尾ちゃんはさりげなく教えてくれた。
「そうなの?」
「ホールに入ってる時、ホームページにいつも出てくる女の子はいますかってよく聞かれるからさ」
「あらまぁ…」
「それはやっぱり、カヲルがかわいいからなんだよ。美味しそうに食べるし。すごく好評だよ」
カヲルは本当に驚いた。カヲルは出された食事を美味しく食べているだけなのに、人はそんな風に思うらしい。
「あたしってそんなにかわいいの??…長尾ちゃんの方がキレイなのになぁ」
「カヲルはかわいいよ。あんなに美味しそうに食べてるとこっちも食べたくなってくるよね。マネージャーも、カヲルがモニター始めてから売り上げが増えてるって喜んでるし」
長尾ちゃんにほめられてカヲルは泣きそうになった。
(大好きなスパゲッティとかパンを味わってるだけなのに、こんなに若い子に認めてもらえた…)
「あたし…もっとモリモリ食べるよ!」
「…食べすぎ注意だよ」
長尾ちゃんは笑った。
「よしっがんばるぞ!」
中屋敷カヲル。見た目は高校生、でも中身は76才。うっかりひょんなことから若返ってしまったけれど新しい人生をなんとか歩み始めた。不安なことは多いけれど、この奇跡的な「今」をめいいっぱい生きなくちゃ!と心の中で思った。
つづく