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樹堂骨董店へようこそ32

樹堂の最も奥の部屋の扉が開くと、生ぬるい風とともにイツキが出てきた。ドアを後ろ手で閉めると自動的にカチャリと鍵が閉まる。胸元から懐中時計を取り出すともう十一時半を過ぎていた。今年も残すところあと三十分だ。
「イツキさん…どこ行ってらしたんですか…」
暖簾をくぐるイツキにりんがすぐ話しかけた。
「そろそろ交代してくださいまし」
「すまないが、あともう少しいいか?今日はいつもの3倍割増しと、年末手当余分につけとくから…」
「そんなに?それはうれしいわ…」
りんは急にほくほくとした表情に変わった。わかりやすい。
「これで新しいスマホが買えるわ」
「りんさんスマホなんて使うの?」
「ええ、現代のもののけは家電もスマホも使いこなしますよ。なんといったってこの世界に住んでいるんですから」
「まぁ確かに。人間と関わるのならそういうことになるねぇ」
「人間て面白いモノ作りますね」
「私もそう思う事があるよ」
イツキはロッカーからコートを取り出して羽織り、店専用のスマホを引き出しから出した。
「もう外出されます?」
「ええ。今年は仕事が終わらない…」
「さきほど小林さんという方が訪ねてきましたよ」
「…小林?」
「はい。それと、那胡さんが流と行動しています」
少しだけイツキの表情が硬くなった。
「……そうか…」
それに気づいたのか、気付かないのか、りんは知らぬ顔で店の入り口を見つめている。
「…私の勘だと…那胡さんは帰ってくるので心配いらないと思います。それよりも、小林さんという方は私用でお見えになっているようですよ」
「…わかった。ありがとう」
イツキは店を出て行った。


「さあ、那胡さん着きましたよぉ」
タヌキが神社のすぐ横の雑木林入り口に車を止めた。
「…」
那胡はぼーっとしたままだ。
この数時間の間に体験した「非現実的」な出来事に頭が追いつかない。促されるまま、車を降りた。
「それじゃ、よいお年を!」
タヌキの車は雑木林の中へ消えて行った。スマホを見るとあと20分で年が明けるということがわかった。
「いけない…七緒ちゃんのとこ帰んなきゃ」
那胡はあわてて桜杜神社との境の生垣にずぼっともぐりこんだ。塀沿いに門に回るよりも確実な近道なのだ。
すると、ちょうど境内で甘酒を振舞っている七緒を発見した。
「七緒ちゃん!」
「那胡…お帰り!」
仕事をさぼった那胡だったが、七緒は想像以上に機嫌がよかった。てっきり「何やってたの?!」と怒られると思っていたので拍子抜けをした。
「あの…さぼってごめんね」
「いいよいいよ。今日はなぜか例年よりもスムーズだから」
あんまりニコニコしていてちょっと不気味だ。
「今日は現金出納が合っていたし、少しだけ仮眠がとれたみたいですから」
すぐ近くにいたマミちゃんがこっそり那胡に耳打ちした。
「そうなんだ?よかったぁ」
那胡はお礼にりんご味のグミを1袋プレゼントした。
「ありがとう」
マミちゃんはうれしそうに袂にしのばせた。
そこへイツキがやってきた。
「マミちゃん、七緒ちゃん、那胡…ごくろうさんです…」
パパどこ行ってたの?と言いたかった那胡だが、自分もサボった手前言えず我慢した。

こうしてマミちゃんを残して3人は本殿の裏へと向かった。本殿の裏には樹齢400年の桜の大木が祀られている。
途中、イツキの兄であり七緒の父の「正芳」と七緒の兄「久芳」にすれ違った。
「おつかれさまです」
「おつかれさまです」
彼らは境内に向かっている。新年の行事のためだ。

彼らは人間のための行事と、目に見えないモノたちとの橋渡しをそれぞれ役割分担している。だから、新年が明けた時に互いにどんな作業をしているのかは知らない。こうして古くからこの神社はその役割を果たしてきた。
今年もこうして新しい年を迎えるのだった。

初の試みのcount down in sakuramoriは盛況だったらしい。神社に人が殺到することはなかったが、役場で行われていた出店やマルシェが盛り上がったらしい。
(初詣のお客さんは例年の三倍だったけどね)
(それなのに現金出納あってたのは奇跡じゃん?)
(もう、日々の訓練の成果だよ!指導してたあたしを褒めてほしい!)
(七緒ちゃんの教え方が上手いのと、マミちゃんの努力が奇跡を生んだ!)
午後の明るい日差しがイツキ邸のリビングを満たしていた。那胡はソファに寝っ転がって七緒とラインしている。
「那胡、ねぇあたし新しいお友達出来たの」
ふいに、リリアの声がした。
那胡が体を起こすと廊下へのドアのあたりに冷たく研ぎ澄まされた冷気がただよっていた。
「えええっ?また…もののけ?おばけ?」
那胡はスマホを握ったまま呆然とした。

こうしてイツキ邸の非日常的な日常は、相変わらず続くのでした。


おわり

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