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無脳無体
生命を宿して此の方、最も発してきた言葉は
「ごめんなさい」或いは「すみませんでした」。
勉強ができない。運動ができない。
人望が無い。人脈が無い。人徳が無い。
勇気が無い。度胸がない。根性が無い。
容姿が悪い。身長が低い。マイナス思考。
自信がなく、自意識過剰で嫉妬心が高く、意志が弱く、放心して人の話をよく聞きそびれる。現実逃避ばかりで、いつも何かしらから逃げたいと思っていて、それでいて変なところではプライドが高く、反骨的。人に頼ることばかりで、そんな自分を自己許容できない。
そして何より、誇るような個性が一つも無い。
そんな、"弱い人間"がここにいる。
*
信号が赤に変わった。止まった僕の横に黒いリュックサックを背負ったおじさんがいた。
おじさんは左右をチラりと確認して、小走りで横断歩道を渡った。
それをママチャリのリアチャイルドシートに座っている子供がまじまじと見つめている。
子供の前で信号無視をする大人。その行為に何の恥じらいも感じない恥ずかしい大人。
そんな恥ずかしい大人が右を見たらいて、左を見たらいて。
そんな世界だから子供も腐っていく。
*
青一色で塗りつぶされた校門を通る。朝の憂鬱な気分に、ミスマッチの悪い意味で目立つ青の門を見ると、無性に腹が立つ。
駐輪場に自転車を留め、下駄箱で靴を履き替え、階段を登り、教室に向かう。
教室に入る前に風で乱された髪を手櫛で直す。
別にセットも何もしていない。だけど無償に気になってしまう。これは癖だった。
教室に入り、鞄を机に掛けた。1時間目の準備を一通り済ませた僕は、仲間達を探した。定位置か。教室の隅を見るとやはり、いつものメンバー4人でトランプをして遊んでいた。
「あっおはよう」
机の周りを囲んでいる仲間達の背中に声を掛けると、2人が「よっすー」とこちらを振り返り、あとの2人は声を張り上げ、興奮気味に「クイーンボンバーだ!エースとキングを捨てろ!」「うわぁぁ!!」と盛り上がっていて、こっちに気づいていなかった。
「はい、俺上りが!お前ら弱ぁ。ん?あれ、おう佐藤じゃん。おはようさん」
クイーンボンバーで手札全てを捨て、一抜けした山田が、手を挙げた。
いつも通り、素麺のような細い目をしているなぁと思いつつ、僕はまた「おはよう」と言い、長い前髪を触った。
「何?ナルシスト?前髪なんか整えちゃって」
僕が髪を触っていると、決って山田はそう言う。
別にナルシストなんかじゃない。寧ろその逆で、自分に全く自信が持てない。前髪をよく触るのはその表れだった。僕は他人にどう見られているのか気になって、気になって仕方がない性格をしている。変な髪型をしていると笑われていないかとか、だらしない髪型だと陰口を言われないかとか、毎日ビクビクしている。
ただでさえ容姿が良くないのに、さらに醜くなって、他人から傷つけられるのを恐れている。だから髪を触ってしまう。
でもデリカシーの無い奴にこんなことを言ったとしても理解し合えないと分かっているので、いつも通り心の中だけに納める。
「僕もトランプやっていい?」
「あーうん。構わんよ」
*
体育館はネットの貼り付けや準備運動で騒しい。反射する。明るい声、淀み無く忙しない陽の光にまみれた形の無い音。塞いでも、隠れても、流れてくる。逃げ場は無い。
体育は嫌いだ。
走ったり、時には投げたりと野蛮だ。健康のためという売り文句。肉体的にも身体的にもストレスが溜まって逆にこっちの方が体に悪い気がする。それに独特な走りが方を仲間内で馬鹿にされるし、髪が崩れてより不細工な面を晒してしまう。
でも、一番嫌な所は、誰の役にもなれないことだ。強みという個性が何一つない人間は団体戦において淘汰される。
教師が中央に立って笛を鳴らす。皆一斉にホワイトボードに目をやった。書いていた文字を見て、体育着の裾を強く握る。
『二人一組のチームを作ろう』
今回の授業はバドミントン。
二人一組。陰キャだが、ぼっちではないので、一応組める仲間はいる。苦しいのは、その仲間が運動音痴の僕をチームとして求めていないことにある。皆、言わないだけで僕を避けている。戦犯な僕は試合の重荷となり、負ける確率を格段に上げる。負けることはダサい。皆、ダサい所は見られたくないらしい。
あ。遅れる。
体育館全体を斑に広がり、友達の元へ歩いていく人達。自身がある者も、そうでない者もどんどんチームを作っていく。置いてかれる。
同じクラスの仲間達も小規模な友人の輪だけチームを完結していく。また行動ができない。
人の思考ばかりを考えて、怖がって、また足が動かなくなる。所詮、仲間なのだ。友達ではない。
体育館の上に雲が懸かる。僕を冷酷な影が覆う。更に焦る。教師が腕時計を確認する。もうすぐ終わりを告げる合図が鳴る。そうしたら、僕は皆の視線に晒されながら、「まだチームを組めていません」と言わなければならない。組める人間はいるのに、誰一人としてに僕と組もうとは思わない。だから、同じクラスの名前も知らない、顔もよく見たことがない奴等に、安い同情される。恥ずかしい。同情されるのが恥ずかしい。この密室の中で、一番哀れで、一番情けない人間だと見做されて、同情されるのがこの世で最も屈辱だ。拷問だ。大地獄だ。
死にたいなぁ。
*
賑やかなとも閑静ともつかない独特の気味悪さをもつ僕達の教室には、時々他クラスの奴が茶化しに来る。
「なんか、この教室雰囲気悪くね」
その瞬間だけは陽キャも陰キャも何と答えていいのか分からなくなり、悪い意味でクラス一体となった。
そうなった時、皆2分ばかし遅れている時計に目を逸らす。飽くまで時間を確認する体で。
「そろそろ授業始まるから、ロッカーから教科書だしに行こうぜ」
山田が言うと、いつものメンバーが立ち上がった。
*
坂之上に頼まれて、一緒に自動販売機までついて行ってあげると、毎回缶ジュース1本を奢ってくれる。
これは坂之上なりの感謝のサインなのか、次も必ずついてきて貰うための卑怯な戦略なのか分からない。が、戦略だとするならばそれは成功していると言えるだろう。僕はバイトをしていないので母親から貰うそう多くない小遣いで一ヶ月やり繰りしなければならない。僕にとってお金の価値は小学生の頃とは変わらず、バンバン使ってはならない代物なのだ。
だから缶ジュース1本でも無料で貰えるなら有り難いのだ。
正直、坂之上は僕に依存している節がある。どこへ行っても坂之上は付いて回る。僕にとって坂之上という存在は、仲間というよりも子分に近い存在だった。
そんな坂之上に僕は少々迷惑している。
一年次のクラスで初めて坂之上と出会い、仲良くなった。坂之上は
今日も学校へ行かなければいけない。
ノイローゼになりそうだ。
学校は近いから選んだ。周りの奴らは「友達がそこに行くから」や「好きな人がそこにいるから」など、みんな俺と同じでやる気を感じない志望理由。少し安心する。
信号につまずいた。自分が通るときだけここの信号は毎回赤になる。意図してやってるとしか思えない。
学校に着いた。正直もう帰りたい。
チャリを置き、靴を履き替え下駄箱から廊下に渡ろうとしたその時、靴紐を踏み転びそうになった。幸いにも横転はしていないものの、急だったので体制を崩しそうになった時にかなり大きな声で「すわぅえぃっっ!」と言ってしまった。
軽く廊下に響き渡る、三人組の女子が無言でこっちを見てる。笑うなら笑えよ。
教室へ入る。今日も俺の席はびしょびしょに濡らされていて、椅子には画鋲が巻き散らかされていているんだろうなんて事は多分起きていない。
俺は学校では一言も話さない。こうやって心のなかでは沢山不満をぶちまけているが、俺が現実でこれを口に出すことは絶対にない。
これを口に出した瞬間、俺の高校生活は終わる。そんなこと流石に分かっている。
なので俺に対してのイジメが起こったことは一度もない。そもそも俺を巻き込んだイベントが起きたことすらない。
こんな自分だが友だちはいる。とは言ってもクラスの片隅にいる陰キャ達だ。
みんなクラスカースト5軍みたいな顔をしている。
そいつらはなんかよくわからんアニメの話やゲームの話をよくしている。
俺はアニメとかはあまり見ないので5軍のやつらの会話すらついていけない。
でもまぁ俺がそいつら以下と言われたら絶対に違う。奴らよりかは上だろう。
後、他の人達とは「すみません」としか会話したことがない。
なんだか自分は者というよりも、物と言った方が近い気がする。
朝学活が終わったのでバキバキにヒビの入ったスマホで時間割を確認する。
うわっ……1時間目から体育だよ……
俺は体育がかなり苦手だ。走ったり時には投げたりと野蛮だ。健康のためという売り文句。肉体的にも身体的にもストレスが溜まって逆にこっちの方が体に悪い気がする。
授業が終わった。やはりゴミだ。
そりゃ運動ができるやつからしたら楽しいだろう。他の人間を蹴散らして、点を入れる時の快感、女子が見ていれば高感度アップにもなる。
だが苦手なやつからしたらただの恥さらしにしかならない。
しかもペアをかってに組めと言われてもな、
ペアくらい教師が決めとけよという話だ。
余って死ぬかと思ったわ。
そう思いながらやたらと狭い独房のような更衣室の中で着替える。
こういう何も考えないで作業してる時、よく自分のことについて考えてしまう。
俺になにか強みや誇れる事があれば、自分だけの個性があれば、周りがどんなに地獄になってもその場所に逃げれるというか、自分を見失わないでいれるのに。誰かが求めてくれるのに……
2時間目は数学か。
俺は陰キャなのに勉強も出来ない。
これは陰キャにとってかなり痛手だ。
普通こういう物静かなやつは運動はできないが並以上の知識は持ち寄せてるというのがお約束だ。
その知識でクラスではそこそこ頭がいい奴ポジションにつけるはずだが、俺にはその役すらできない。
教師が数学のミニテストを配っている。そういえば今日はミニテストだったんだっけ。
テストが終わった。
テストは答えをもらって各自がその場で丸付けをする方式だった。
俺の点数は20点中、4点だった。数学はそもそも式の解き方がわからない。だから答えようが無いのだ。
テストを一通り丸付けできた時、後ろの席の陽キャが「俺8点だったわw終わったw」と言っていた。
続けて周りの奴らが「それはエグすぎw多分このクラスでお前が一番点数低いww」と言った。
俺はプリントを裏面にして教科書の下に置いた。
なんで周りより勉強ができないのだろう。理解力が乏しいからか?暗記が得意じゃないからか?なんで周りはこんなにできているんだよ。
長かった。ようやく6時間にも及ぶ地獄と言うなの授業が終わった。
これから俺は部活に行く。部活は軽音部だ。
俺の唯一の趣味それはギターだ。
ギターは人並み以上なら弾けると思っている。だからそこそこ自信はある気もする。
部室に入るといかにも陽キャの顔をしている四人組が中央のアンプの周りを占領して、大声で笑っている。
なぜか少し自分が恥ずかしい。
端にアンプを置き、ギターを弾く。
やっぱりギターは楽しい。辛いことを忘れられる。俺の唯一の、
「スゲェ!!やっぱりお前ギタークソ上手いな!!」
陽キャ達が何か言っている。
見てみると四人組の一人がギターを弾いている。その音や光景は遥かに俺の技術を越していた。
………………
中央で盛り上がる中、端で一人ギターを弾いている俺を誰も見ていない。きっと彼らの眼中に俺はいない。
もう帰ろう。
自転車置場で自分の自転車を取り、サドルに座り、ペダルを踏むその時、何か光った。
ってなんか籠に入ってないか?
見てみるとおもちゃの光線銃のような物が入っている。それとその銃に紙が貼ってある。
『雨過天晴』
と書かれていた。
一体何だ?同級生のイタズラか何かか?
なんか不気味だ。イタズラにしてももう少し書くことがあるだろうと思うが雨過天晴(うかてんせい)とだけしか書かれていない。
銃、、、
持ってみると少し重みを感じる。
「ミャー」
壁の上に猫がいる。
「雨過天晴………」
銃口を猫の体に向け、構る。
なぜかこんな状況なのに馬鹿馬鹿しいと思わない。
猫は止まっている。
そしてトリガーを引く
やっぱ無理だ……俺にはこれはできない。
なんだかしてはいけない気がする。そう本能で感じているような。
そもそも猫は何もしていないのに籠に入っていた素性のわからない物を撃とうとしたのがまずい事だった。
猫を撫でる。
動物たちは生きる義務なんてわからないんだろうな………
第2話⬇
第3話⬇