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空飛ぶクルマの実用化に向けた最新事情

1 空飛ぶクルマは中国では既に実用化、米国では実用化の一歩手前

 空飛ぶクルマは、航空法における有人航空機の範疇であるため、実用化には製造国の航空当局(国交省航空局、米連邦航空局、欧州航空安全機関、中国民間航空局など)による型式証明が欠かせません。
 中国EHang社の空飛ぶクルマであるEhang 216-Sは、2023年10月に中国民間航空局から型式証明を取得し、2024年10月に生産許可を受けて、年間600機の量産体制に入った世界で唯一の実用機種であり、観光向けの商用サービスでの利用が進められています。

中国EHang社のEHang216-S
(出典はEHang社のプレス提供画像)

 欧米では、米国Joby Aviation社のJoby S4が先行しており、米連邦航空局の型式証明取得に向けた5段階の審査プロセスでの4段階目に進んでいます。Joby社は、2022年に米連邦航空局から商業用航空タクシーサービスを運営する許可を取得しており、Joby S4の型式証明取得後、都市内・都市間移動サービスを早期に実現するとしています。

米国Joby Aviation社のJoby S4
(出典はトヨタ自動車HPのニュースリリース画像)

 我が国では、SkyDrive社のSD-05の型式証明申請が、2021年10月に国交省航空局に受理されています。しかし、我が国では半世紀前にYS-11が型式証明を取得して以来、我が国で製造した有人航空機が型式証明を取得できた事例は皆無であり、官民共に今日の型式証明取得プロセスの進め方がよくわかっていないのが実情です。それゆえ、我が国で製造しようとした三菱重工業の三菱スペースジェットは、試験機の初飛行後7年経っても型式証明が取得できず、2023年2月に開発が中止されています。

 他方、本田技研工業は、子会社のホンダエアクラフトカンパニーを米国で設立して、ホンダジェットの製造国を米国とすることにより、2015年に米連邦航空局からホンダジェットの型式証明を取得しています。このような経験と実績から、本田技研工業が開発・実用化を目指す空飛ぶクルマであるホンダeVTOLについても、子会社のホンダリサーチインスティテュートを米国で設立して、ホンダeVTOLの製造国を米国とすることにより、米連邦航空局からの型式証明の取得を目指しています。

ホンダeVTOLの予想図
(出典は本田技研工業のHP)

 ちなみに、我が国と米国は、有人航空機の型式証明に係る二国間協定を締結しているので、米国で型式証明を取得した機種については、我が国での型式証明が追認の形で取得できます。しかし、我が国と中国は、型式証明に係る二国間協定を締結していないので、中国で型式証明を取得した前記のEhang 216-Sについては、我が国での型式証明を追認の形で取得することはできません。


2 空飛ぶクルマが早期に実用化される分野と、実用化が遅れる分野

 空飛ぶクルマに期待される分野は、空飛ぶタクシー(都市内・都市間移動)、観光・レジャー、救急救命、災害対応などです。つまり、これまで有人ヘリコプターが担ってきた分野を、空飛ぶクルマで代替して進化・拡大することにより、優れたコストパフォーマンスが期待できる分野です。

 このため、長距離を高速飛行できる汎用的な空飛ぶクルマが型式証明を取得して実現した暁には、特段の新たなインフラを必要とせず、これまでの有人ヘリコプター用インフラでも十分対応可能な分野、例えば、救急救命や災害対応といった分野が、最も早く実用化されると見込まれます。

 これに比べて、なかなか普及が進まないおそれがある分野は、都市内移動といった、特段の新たなインフラ整備が欠かせない分野です。都市内移動では、ビルの屋上などに、空飛ぶクルマの専用離発着場となるバーティポートの新設整備が必要となるからです。

 高層ビル屋上には、災害救助に向けたヘリコプター緊急離着陸場(Hマーク)や緊急救助用スペース(Rマーク、着陸できずホバリングで救助)が設けられていますが、これらをそのままバーティポートに転換することは非常に困難です。緊急離着陸場や緊急救助用スペースは、頻繁な離着陸に耐える強度が確保されておらず、空飛ぶクルマの機体の待機スペースや充電設備、乗客のチェックインや待合用の施設を設置できる場所の確保も容易ではないからです。なによりも、バーティポートをビルの屋上等に整備する上での基準が、これまでは皆無でした。

 このようなバーティポートは、都市の郊外であれば既存のヘリポート等の活用ができるため、その新設場所を確保するなどの問題は少ないと言えます。このため、多人数が搭乗可能で長距離を高速飛行できる空飛ぶクルマが実現すれば、都市間移動は比較的早期に実用化されると見込まれます。

 最後に、観光・レジャーの分野ですが、中国ではEHang社のEhang 216-S(2023年10月に中国民間航空局から型式証明を取得し、2024年10月に生産許可を受けて、年間600機の量産体制に入った世界で唯一の実用機種)を用いて、観光向けの商用サービスでの利用が進められています。しかし、我が国と中国は、型式証明に係る二国間協定を締結していないので、中国で型式証明を取得したEhang 216-Sを国内に輸入しても、我が国の型式証明を追認の形で取得することはできません。


3 空飛ぶクルマの社会実装に向けて、有力なプレイヤー3社の取り組み状況

(1) 米国のJoby Aviation社

 Joby社は、推力偏向型の空飛ぶクルマであるJoby S4を開発して、2019年にプロトタイプの試験飛行を開始しました。Joby S4は、米連邦航空局からの型式証明取得に向けた5段階の審査プロセスにおいて、現時点で4段階目の半ばに進んでいます。

 Joby S4の主なスペックは、パイロットを含めた5人乗りであり、最高速度は約320km/h、航続距離は約240km、機体のサイズは翼幅10.7m×長さ7.3mです。

 トヨタ自動車は、2020年1月にJoby社に3.94億ドルを出資し、2024年10月にさらに5億ドルを追加出資すると発表しています。

 Joby社は、2022年に商業用航空タクシーサービスを運営する許可を米連邦航空局から取得し、デルタ航空と複数年にわたる複数都市での運航提携契約を締結しています。

(2) 中国のEHang社

 EHang社が開発したマルチコプター型の空飛ぶクルマであるEHang 216-Sは、2023年10月に中国民間航空局から型式証明を取得し、2024年3月に生産許可を受けた世界で唯一の実用機種(価格は239万元、年間生産能力は600機)です。観光向けサービスでの利用が進められています。

 EHang216-Sの最大の特徴は、操縦席の無い2人乗りであり、指揮統制センターの監視制御下でパイロットが搭乗せずに自律飛行することです。その他の主なスペックは、最高速度は約130km/h、航続距離は約30km、機体サイズは高さ1.93m×全長6.05mです。また、精密な垂直離着陸を行うためのビジョンポジショニングシステムを備えています。

(3) 本田技研工業

 本田技研工業は、リフトクルーズ型の空飛ぶクルマであるホンダeVTOLを、2030年の事業化目標時期に向けて、米国に設立した子会社で開発しています。2024年10月に米連邦航空局は、ホンダeVTOLのサブスケールモデルについて、研究開発目的での試験飛行を許可しています。

 ホンダeVTOLは、パイロットを含めた5人乗りですが、その最大の特徴は、本田技研工業が独自開発したガスタービン発電機と蓄電池を組み合わせたハイブリッドシステムによる長距離飛行(約400km)を目指していることです。このようなハイブリッドシステムを搭載した空飛ぶクルマでは、急速充電設備や充電にかかる時間も不要となるなどのメリットも生じます。


4 我が国では、空飛ぶクルマの社会実装が遅れる理由

 空飛ぶクルマの商用サービスを社会実装していく上で、次の3点の実現が必要不可欠となります。
① 多人数が搭乗可能で長距離を高速飛行できる空飛ぶクルマが、型式証明を取得して量産により実用化されること
② 空飛ぶクルマの商用サービスを支えるバーティポート等の地上インフラが整備されること
③ 空飛ぶクルマを用いた都市内・都市間移動サービスを支える専用コリドー(飛行通路)等が整備されること

 ここで、②と③の整備内容については、①で実現した空飛ぶクルマの機体の大きさや機能・性能に左右されないはずはありません。このことから、空飛ぶクルマの商用サービスを社会実装していくスピードは、米国Joby社のJoby S4のように、多人数が搭乗可能で長距離を高速飛行できる空飛ぶクルマの型式証明取得プロセスが最も進んでいる米国が、最も速くなると見込まれます。

 その証左として、米国では、空飛ぶクルマの型式証明を担う米連邦航空局が、空飛ぶクルマのバーティポートの整備基準や専用コリドーの整備手順についても検討を進めています。

 具体的には、米連邦航空局は、バーティポートの暫定的な設計ガイダンスを2022年3月に発表しています。また、米連邦航空局は、空飛ぶクルマの高密度運航に欠かせなくなる専用コリドーの整備手順について、次のように想定しています。

 空飛ぶクルマを社会実装する初期段階では、これまでの有人航空機と同様に、有人航空機の飛行ルールに従って、搭乗したパイロットが操縦して飛行するとしています。次の発展段階では、固定して設定した専用コリドーを、空飛ぶクルマ専用のルールに従って、パイロットが搭乗して計器飛行するとしています。ここで、専用コリドーを外れる場合には、有人航空機の飛行ルールに従って飛行することになります。その次の最終段階では、柔軟に設定した専用コリドーを、空飛ぶクルマ専用のルールに従って、パイロット無しで自律飛行するとしています。

 なお、我が国での型式証明取得プロセスは、米連邦航空局での型式証明取得プロセスに準拠するのが通例であるので、多人数が搭乗可能で長距離を高速飛行できる空飛ぶクルマの商用サービスを社会実装していく上で、我が国が米国に先行することは極めて困難であると言えます。


5 我が国の企業が参考にすべき、海外2社の取り組み事例

(1) 中国のEHang社が、空飛ぶクルマを実用化して社会実装中

 EHang社は、自律航行する空飛ぶクルマであるEHang 216-Sを実用化(2023年10月に中国民間航空局から型式証明を取得し、2024年3月に生産許可を受けて年600機を量産中)して、観光向けサービスでの社会実装を進めています。

 EHang216-Sは、2人乗りのコンパクトな機体(高さ1.93m×全長6.05m)であり、最高速度は約130km/h、航続距離は約30kmです。つまり、多人数を乗せて長距離を高速飛行できる汎用的な機体ではないため、EHang216-Sの機体の特性を最大限に活かせるよう、パイロットが搭乗しない自律航行による観光向けサービスに特化しています。

 EHang社は、自律航行による飛行の安全を確保するため、次の2つの仕組みを構築して、EHang216-Sの運行システムに実装しています。
① 指揮統制センターの監視制御下で、パイロットが搭乗せずに自律航行します。指揮統制センターの役割は、複数のEHang216-Sが同時運行できるよう、ルート計画の立案と調整を行います。また、EHang216-Sの電池残量や飛行状態(位置、高度、速度、姿勢)等を4G/5G回線を用いて遠隔監視し、異常事態発生時には遠隔制御により安全に着陸させる措置を講じます。
② EHang216-Sは、精密な垂直離着陸を行うためのビジョンポジショニングシステムを搭載しています。

(2) 米国のJoby Aviation社は、空飛ぶクルマの将来を見越した事業活動を展開中

 Joby社が開発中の空飛ぶクルマであるJoby S4は、米連邦航空局からの型式証明取得に向けた5段階の審査プロセスにおいて、現時点で4段階目の半ばに進んでいます。Joby社では、Joby S4が社会実装された先の展開を見越して、次のような事業活動を実施しています。

① Joby社は、2022年に商業用航空タクシーサービスを運営する許可を米連邦航空局から取得し、デルタ航空と複数年にわたる複数都市での運航提携契約を締結しています。デルタ航空のサービスにJoby S4によるサービスをシームレスに統合し、自宅から空港までの航空タクシーサービスを提供していく計画です。

② Joby社は、2024年6月、米国Xwing Autonomy社の自律飛行部門を買収しました。Xwing社は、完全自律型飛行技術により、地上から監視するタイプの無人運航に成功しています。このような技術を用いて、パイロットが搭乗しない空飛ぶクルマが実現した暁には、航空タクシーサービスの料金低減につながるなど、大きなメリットが期待されています。



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