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埼玉県八潮市で発生した下水道管破損に起因する道路陥没事故
埼玉県八潮市で1月28日に発生した、下水道管破損に起因する道路陥没事故は、下水道管路の予防保全的な改築工事が行き届いていない結果であると言えます。
下水道管路の老朽・劣化は、今後、全国的に増大の一途を辿りますが、千葉県柏市以外の自治体では、下水道管路の改築工事を実施する際に、設計業務と施工業務を分離して発注する「仕様発注方式」を用いています。
仕様発注方式を用いた場合の発注業務負担は過大ですから、今後増大の一途を辿る老朽・劣化下水道管路に対して、適切に対処していくことができる発注方式であるとは到底考えられません。
しかし、設計業務と施工業務を一括して発注する「性能発注方式」に切り替えることの有用性は、マスコミや国交省を含めてどこも全く考えが及ばないようです。
そこで、仕様発注方式と性能発注方式について、以下に分かりやすく記載します。
第1節 仕様発注方式とは? 性能発注方式とは?
1 発注方式とは?
土木・建築工事を外部委託する場合、対象物の「設計業務」と「施工業務」の二段階が必要となります。
そこで、「設計業務」と「施工業務」の二段階の扱い方の違いにより、発注方式は、次のように「仕様発注方式」と「性能発注方式」に大別されるのです。
(1) 仕様発注方式
二段階をそれぞれ別々に発注する方式、つまり、設計業務発注結果に基づき施工業務を発注する方式であり、設計・施工分離発注方式と同義です。
(2) 性能発注方式
二段階を一連のものとして一括して発注する方式、つまり、設計業務と施工業務をまとめて発注する方式であり、設計・施工一括発注方式と同義です。
2 仕様発注方式の特徴
仕様発注方式は、別途実施した設計に基づいて施工を発注する方式ですから、仕様発注方式の本質は、設計業務と施工業務ごとの部分最適化にあると言えます。そして、次のような特徴があります。
(1) 分かりやすく言えば、「この図面のとおりに作ってくれ」といった発注方式
(2) 土木や建築の工事発注といえば仕様発注方式を指す、と言えるほどに、我が国では普遍的な発注方式
(3) 他国には類を見ない「我が国独自のガラパゴス」な発注方式
後記第2節の3に記載のとおり、仕様発注方式は今日では時代の流れに全く追随できておらず、次のようなデメリットが見受けられます。
① 受注者が有する最先端技術や創意工夫を活かすことが困難であり、イノベーションに繋がる結果を産み出せない。
② 「このとおりにプログラミングしてくれ」はあり得ないため、ソフトウェアとセンサーを多用する情報化施工には不適
③ 「このとおりに設計してくれ」はあり得ないため、設計段階での外部委託には不適
3 性能発注方式の特徴
性能発注方式は、要求要件を示すことにより、設計業務と施工業務をまとめて発注する方式ですから、性能発注方式の本質は、設計業務と施工業務を包括した全体最適化にあると言えます。そして、次のような特徴があります。
(1) 分かりやすく言えば、「このようなものを作ってくれ」といった発注方式
(2) 仕様発注方式一辺倒の我が国では馴染みが薄いが、グローバルスタンダードな発注方式
(3) 性能発注を成功させる鍵は、発注者側での「ニーズとシーズのベストマッチング」と、受注者側での「トップダウンによる全体最適化」
このような性能発注方式は、仕様発注方式に起因する諸問題を全て解決可能であり、次のようなメリットがあります。
① 受注者が有する最先端技術や創意工夫を存分に活かせるので、イノベーションに繋がる結果が期待できる。
② 「このようなものをプログラミングしてくれ」は自然であり、ソフトウェアとセンサーを多用する情報化施工に最適
③ 「このようなものを設計してくれ」は自然であり、設計段階での外部委託に最適
第2節 公共工事発注方式の歴史的経緯
1 戦前の公共工事は官庁直営方式
明治維新後、新政府は、欧米の制度や技術、芸術、医学などを学ばせるため、各分野で多くの優秀な人材を欧米に留学させました。
そして、数年間にわたる欧米留学からの帰国後、特に欧米の土木・建築技術を学んだ人材は、主に官庁で登用していました。
その結果として、戦前の我が国では、民間ではなく官庁が最先端の土木・建築技術を有することとなり、公共工事を担う官庁の技術力が民間よりも圧倒的に上という、欧米諸国ではまず見ることができないような状況が生み出されたのです。
そこで、当時の土木・建築の公共工事は、内務省、鉄道省及び農林省が、民間企業に発注するのではなく、設計業務と施工業務を「直営」で実施していたのです。
つまり、官庁内部の技官が、道路や橋、公共建築物等を自ら設計して施工図面を作成し、その図面に基づく詳細な積算により必要となる経費を算出して、確保した予算で資材や人夫を調達して施工していたのです。
このように、戦前の公共工事は、欧米諸国では類を見ない我が国独自の官庁直営方式で実施されていたのですが、公共工事の設計業務や施工業務を担う技術力を官庁が有していた当時としては、官庁直営方式は最も合理的なやり方であったと言えます。
2 戦後の土木事業で確立した仕様発注方式
(1) 建設事務次官通達が仕様発注方式の端緒と根拠
戦後になって、公共工事の施工業務の外部委託化が始まり、次いで、設計業務の外部委託化も始まりました。
その際、昭和34年1月に、建設事務次官通達「土木事業に係わる設計業務等を委託する場合の契約方式等について」 が発出されています。
この通達の中で、「原則として、設計業務を行う者に施工を行わせてはならない。」という、「設計・施工の分離の原則」 が打ち出されたことが端緒となって、設計業務と施工業務を分離して発注する方式、つまり、仕様発注方式が、土木分野で広く用いられるようになっていったのです。
このような経緯から、我が国の仕様発注方式は、事務次官通達に基づくものであり、法令(法律・政令・省令)に基づくものではない、つまり、仕様発注方式を明示した根拠規程を法令上に見出すことができないものである、と言えます。
そして、旧建設省所管の土木分野で広く用いられるようになった仕様発注方式が、今度は建設事務次官通達すら無いままに、旧建設省所管の建築分野及び製造請負分野(電気設備、機械設備等)にも波及していったのです。
その後、半世紀を経た今日に至るまで、我が国の土木・建築工事や各種製造請負に係る発注は仕様発注方式一辺倒となり、戦前の性能発注方式による零戦の成功事例などは全く顧みられなくなってしまいました。
(2) 昭和30年代は仕様発注方式が最も合理的なやり方
振り返って見れば、昭和30年代は、公共工事を担う民間企業も育ちつつあったのですが、戦前まで公共工事を官庁直営方式で実施していた官庁の技術力は、何といっても圧倒的でした。
このため、「設計・施工の分離の原則」に則った仕様発注方式とすること、つまり、発注者である官庁から受注者である民間企業に対して、「この図面のとおりに施工せよ」と細かく指図するやり方は、当時としてはまさに理に叶っていたと言えるのです。
また、視点を変えてみれば、公共工事は、鉄筋・鉄骨・コンクリートが中心の工事です。
そこで仮に、官庁に比べて技術力が優れてはいなかった昭和30年代の民間企業に、設計・施工一括で公共工事を発注したとすれば、使用された鉄筋・鉄骨・コンクリートについて、官庁が求めた品質なのか否か、完成検査の時点ではもはや確認の術はありません。
それゆえ、「設計・施工の分離の原則」に則り、設計業務を外部委託した場合でも、官庁内部の技官が、設計結果の審査と委託成果物(施工図面)に基づく詳細な積算による「厳格な予定価格」の策定を行い、設計業者とは別の業者に施工業務を発注することについては、つまり、仕様発注方式を用いることについては、昭和30年代には大きな意義・目的があったのです。
ちなみに、欧米諸国では昔も今も、公共工事を担う官庁の技術力が民間企業に優っていた例はほとんど見当たりません。
このことから、戦前の官庁直営方式や戦後の仕様発注方式は、いずれも他国に類を見ない我が国独自のガラパゴスと言えます。
3 官庁と民間の技術力が逆転した流れに追随できない仕様発注方式
昭和から平成に移る頃、公共工事の施工業務を担う技術力において、官庁は民間企業に逆転され、今日では、施工に係る最先端の高度な技術力は民間企業が有するようになっています。
このため、「この図面のとおりに施工せよ」といった仕様発注方式は、今日では、あたかも技術力に劣る者が技術力に優る者に指図しているのも同然の、おこがましいやり方になってしまっていると言えます。
それゆえ、仕様発注方式に起因する各種の問題事例は全て、技術力に劣る者(官庁)が技術力に優る者(民間の施工業者)に対して詳細に指図しようとしたことが招いた結果である、と言っても過言ではありません。
また、このようなやり方(つまり、仕様発注方式)では、民間の施工業者が有する高度な最先端技術や施工上の創意工夫を存分に活かせるはずもありません。
つまり、仕様発注方式は、官庁と民間の技術力が逆転してしまった時代の流れに、全く追随できていないと言えるのです。
第3節 会計検査院と発注方式
会計検査院は、合規性の視点から検査を行う上で、仕様発注方式は会計関係法令(会計法、予算決算及び会計令)のどこにも規定されていないことを十分過ぎるくらいに理解しています。
つまり、会計検査院は仕様発注方式を前提にして会計検査を行うのではない、ということです。
会計検査において、仕様発注方式が用いられた契約について、あるいは、性能発注方式が用いられた契約について、いずれについても発注手続き等が会計関係法令に違反・矛盾していなければ、合規性の視点から問題視されることはありません。
実際のところ、2001年〜2011年に私が情報通信部長(発注の元締めである工事請負契約書上の「甲」です。)として勤務した茨城、宮城、福岡、愛知、神奈川の各県警察では、土木・建築工事を含む数百件の警察情報通信施設整備事業の全てを性能発注方式で完遂しました。
この際、入札不成立案件や一者応札案件は皆無でした。また、このような性能発注方式による契約に対して、警察庁会計監査室の会計実地監査を5回受け、会計検査院の会計実地検査を4回受けましたが、どの監査や検査においても、「適正に経理されている」旨の講評を受けています。さらに、監査や検査を受けた際に、「どうして仕様発注方式を用いなかったのか」といった質問は一度もありませんでした。
書籍【「性能発注方式」発注書制作活用実践法 】
《 「性能発注方式」に関する澤田雅之のプロフィール 》
【 1996年 】 九州管区警察局宮崎県情報通信部長として、「宮崎県警察本部ヘリコプターTVシステム整備事業」を、我が国では戦後初となる性能発注方式で完遂しました。設計・製造・施工の全てを規定する要求水準書(A4版で14ページ)は、外部委託せずに約1ヶ月で作成できました。
【 2001年〜2011年 】 情報通信部長(発注の元締めである工事請負契約書上の「甲」です。)として勤務した茨城、宮城、福岡、愛知、神奈川の各県警察では、上記の宮崎で体得した性能発注方式についての知見に基づいて、土木・建築工事を含む数百件の警察情報通信施設整備事業の全てを性能発注方式で完遂しました。この際、入札不成立案件や一者応札案件は皆無でした。また、このような性能発注方式による契約について、警察庁会計監査室による会計実地監査を5回受け、会計検査院の会計実地検査を4回受けましたが、どの監査や検査においても、「適正に経理されている」旨の講評を受けています。さらに、人事異動で赴任した際に仕様発注方式(設計・施工分離発注方式)で入札不成立となっていた幾つもの発注案件を、直ちに性能発注方式(設計・施工一括発注方式)に切り替えることにより、短期間で契約締結に至った経験と実績もあります。
【 2022年 】 書籍【「性能発注方式」発注書制作活用実践法】を、(株)新技術開発センターから出版しました。この書籍は、これまでのところ、「性能発注方式」を真正面から取り扱った国内唯一の書籍です。