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ほんまる神保町で、棚主へ16

ここ最近、胃腸の調子がおかしかったため、胃カメラと大腸内視鏡検査を受けることとなった。
なにか異常があったとしても早期発見すればだいたいなんとかなる時代だ。検査はやっておくに越したことはない。

しかし胃カメラはともかく、大腸内視鏡検査は事前に下剤を飲んだりしなければならないため、なかなか大変だ。
検査を受けるのは8月25日。
下剤を飲み始めるのは、なんと8月21日の夜からだ。

処方されたのは「ピムロ顆粒」という薬。そこまで強い下剤ではないだろう。名前的に。
これが「グレイトゲリメイカー大惨事顆粒」とかそういう名前だったら警戒もするが、まあ「ピ」で始まる薬など恐るるに足らない。
ていうか俺──こういうの、効かないんだよね。と、HUNTER×HUNTERのキルアっぽい雰囲気を醸し出しつつ服用。

翌日、8月22日。
平日であるため、いつも通り仕事をしていた。前日に飲んだ「ピムロ顆粒」はまったく効いている様子もない──と思った瞬間、腸のあたりがぐるりと鳴った。

おーっとっと、ベン・ベックマン。
ちょっと仕事に一区切りついたらトイレに行っておこうかな、と思った次の瞬間、強い波が来た。
おーっとっと、おーっと……あ、あ! がちで、がちでおーっとっと! がちでおーっとっと、がちで! がちで!!

すべてを投げ出してでもトイレへ行かなければならない。あの日のFさん↓の気持ちがよくわかる。

私は競歩の選手のようにトイレへ急いだ。走ることなどできない。その姿はあの日のFさんと同じ──奇しくも同じ構え──であった。
とにかく体に振動を与えず、最短距離でトイレへ行かなければならない。そして、「トイレの個室が空いていますように」という祈りも同時にしていた。空いていなかったらそこで試合終了ですよ。

祈りが通じたのか、個室は空いていた。尻から邪王炎殺黒龍波(暗喩)が放たれたかのような勢い。ピムロ顆粒、恐ろしい子。飛影はそんなこと言わない。
しかしいったいどこの製薬会社が作ったのだ。アンブレラ社か?
この日、私は五回ほどトイレに駆け込み、トイレから出るたびに「この世のすべてを置いてきた!」という心境になっていた。世は大後悔時代。

その翌日、23日も同じような有様。
24日は幸いなことに土曜日であったため、自宅に籠ることができた。

しかし24日はすでに検査前日。食事に気をつけなければならない。
そんなときは、これ!

エニマクリンeコロン

いやあ、お袋の味といったらやっぱりエニマクリンeコロンだよね! と記憶を捏造しながら準備する。普段、自炊などまったくしない身からすればレトルト程度でも面倒なのだ。
ちなみにこれは診察を受けたクリニックで購入した。約2000円。もちろん任意だが、自分で消化のいい食べ物を選ぶ面倒さを考えるとこれを買ったほうが楽だろう。

私は食事に対してあまりこだわりのない男であるが、これはあまり美味しくないと噂されているため、警戒しながら食べる。
まずは朝食に鶏と卵の雑炊をいただく。

──決まったぜ、小松。

普通においしい。細かく刻まれた鶏肉が口の中で溶ける。なんとなく離乳食感がある。
昼の大根とじゃがいもの鶏そぼろあんかけも、夜の煮込みハンバーグもおいしかった。

そして就寝前に「センノシド」という下剤を服用する。名前はちょっと強そうだが、ピンクっぽい錠剤だ。そんな強い下剤ではないだろう。色的に。

翌日、つまり検査当日。早朝四時半頃に目が覚める。腹が痛い。
──センノシド、貴様!!
効くんだったらもうちょいどぎつい色しておいてほしい。ラメ入り紫とか。ピンクの小粒コーラックみたいな顔しがって。

そして朝五時から「マグコロール」という下剤を飲む。下剤というか洗浄剤というか。
こんなに朝早くから飲むのは、検査開始時間が午前十時からだからだ。逆算するとこの時間から飲まなければならない。

粉の入ったでかい袋に、水を1.8リットル入れて溶かして飲む。1.8リットルの下剤を、二時間かけて飲むのだ。正気の沙汰ではない。
このマグコロールという薬は、この類の薬の中ではまだ飲みやすいとされているが、あまりおいしくないらしい。まずくて飲みきれない人もいるという。
警戒しながら一口飲む。

──決まったぜ、小松。

おいしい。味としてはKIRINのラブズスポーツというスポーツドリンクにそっくりだ。
これをゆっくり飲む。あまりペースが早いと、尿として排出されてしまうらしい。
何度かトイレへ行くが、その度に腸内がきれいになっていっているのが実感される。しかし凄まじい勢いで出る。サウザンドサニー号ならちょっと飛べるレベルだ。
それなのに腹痛はない。お腹がぐるぐる鳴るような不快感もない。胃にたまる感覚もない。ただ、「出る」のだ。
1.8リットルなど無謀では、と思っていたがかなり余裕だった。

お腹が落ち着いたのでクリニックへ向かう。電車の中であれがそれしてしまう可能性に怯えていたが、わりと平気だった。
受付で、事前に書いた承諾書などを提出すると、すぐに呼ばれた。尻側に切れ目の入った紙パンツに履き替え、上に検査着を着る。

事前採血をし、麻酔を注入するためのルートだかなんだかを確保するための針を刺したままベッドへ移動。
担当するのは若い男性医師。ベッドに横になった私の腕に、まず喉の麻酔というのを注入した。
「喉に違和感が出ますが、正常ですので心配ないです」
その言葉通り、注入してからものの五秒ほどで喉に違和感。腕から注入して、喉に作用するのはなんだか不思議な気分だ。
続いてマウスピースを咥える。胃カメラを挿入するために必要らしい。指先にはパルスオキシメーターが装着された。

このクリニックでは静脈麻酔でうとうとしている間に検査をしてくれるという。
へえ、静脈麻酔ね。
だけどオレ、そういうの効かないんだよね──。

「では、静脈麻酔をしていきます」

医師の声が聞こえ、いよいよ始まると思ったところで、自分が検査室ではない部屋のベッドに寝かされているのに気がついた。さっきまでいた医師も看護師も消えている。

どうなってやがる。

目を閉じた覚えなどない。なのにいま、私は目を開けた。そうしたら、さっきまで居た部屋ではなくなっていた。
カーテンで仕切られたベッドに一人、寝かされている。

まさかの寝落ち。いや、これは寝落ちと言っていいのか? 主観としては「時間が飛んだ」でしかない。
不思議なことに寝起きのときのような寝惚けた感じはない。「ここどこだっけ」ともならず、いま、ほんの数秒前に「静脈麻酔をしていきます」と言われた気がする。
「眠くなった」とか「瞼が重くなった」とかもない。「静脈麻酔をしていきます」を耳にした次が、別室のベッドの上だ。

検査のために横向きに寝ていたはずなのに仰向けになっており、咥えていたマウスピースはなくなり、検査前に外していた不織布マスクは顔につけられていて、首には──なんだこれは。ペンダントのようなものがかけられている。え、これ勝手に外したら爆発するやつじゃない? デスゲーム始まってる? とよく見ると「ナースコール」と書いてある。

やはり検査はすべて終わった、と解釈するのが正しいのだろう。正直、胃カメラは少し不安だったので無事終わったのならよかった。

ほっとしたのも束の間、ふと不安がよぎる。
本当に私は意識を失っていたのだろうか。せん妄状態にあるときの記憶は残らないことが多いと聞く。
覚えていないだけで、なにか失礼な言動をしてはいなかっただろうか。寿限無を暗誦したり、ピカソのフルネームを言ってドヤ顔したりしていそうで怖い。

しかし胃カメラとか大腸内視鏡検査とか、苦しいと噂されているものをやられてすやすや眠っているやつがあるか?
いや、ない。時間が飛んだのだ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅

──間違いない。スタンド攻撃を受けているっ!!

この能力は、「キングクリムゾン」!!!
おのれディアブロ……ディアボロだっけ? とにかくディアなんとか。やってくれたな。

しばらくすると、看護師がやってきた。
やはり検査はすべて終わったという。
後ほど検査結果を伝えるのでもう少しこのまま待てくださいと言い、看護師は去っていった。

それから十分ほどしてから看護師が戻ってきて、もう検査結果を伝えられるが、起き上がれるかと訊いてきた。
私は見栄と虚勢でできた男である。ここで「起き上がれない」などと答えるはずもない。
余裕っすよ、みたいな感じを出しつつ、ベッドから起き上がる。看護師がスリッパを用意してくれたので、それを履いて立ち上がる。

少し歩いてみると、ぐらりと視界が傾ぐ。ほろ酔いくらいの感覚だ。ぶっ倒れるほどではないが、なんとなく足元がおぼつかない。
なるほど、当日中は自動車などの運転は禁止とされている理由がわかる。この状態での運転は飲酒運転と大差ないだろう。

心配そうな顔をした看護師に誘導され、医師の待つ部屋へ入る。医師の目の前にある丸椅子へ座ればいいらしい。
私は生活音静か界の貴公子を自認しているほどおとなしく礼儀正しい男性である。
だがこのときは、どかりと乱暴に腰かけてしまった。わざとではない。体がうまく動かなかったのだ。私は機転をきかせ、「村一番の乱暴者ですがなにか?」みたいな顔をしてことなきを得た。
もうだめだ。

医師がプリントアウトされた写真とともに説明を始める。
「いや、ごめんなさいね。間違えて範馬勇次郎捕獲用の麻酔を打っちゃいました──」などと言うわけもなく、医師は検査結果を告げた。

胃、腸ともに異常なし。

ここまでこの駄文を読んだ人(いるのだろうか?)は、「こいつ、いつになったら棚主としての話を始めるんだ」と思っているに違いない。
だが、下の画像を見てほしい。

「正式名称なんだよ」じゃない。

おばあちゃんの知恵袋に求めていないタイプの知識だ。
だけどこういうことがあってもいいと思う。

床上五センチ書店。これはね、ほんまる神保町二十七章七節の正式名称なんだよ。

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