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ほんまる神保町で、棚主へ12

令和六年。ほんまる神保町棚番号二十七番零七号の棚と言えば、当代きっての名棚主、小山が統治する棚である。

小山は豪放磊落にして質実剛健という、棚主として求められる資質を備えた漢である。その小山の名声を決定的にしたのは、去る六月四日のこと。なんと五月末に棚主となったばかりの小山は、この日に最初の一冊を売ってのけたのだ。
これは驚天動地の快挙であり、前代未聞の優れた功績であった。その名将の誉れ高い小山であったが、野心もまた強かった。棚の毛色を変えるべく、新たな手を打つことにしたのだ。

新たな手には、やはり優れた書が必要であった。小山にとって起死回生の手。すべてをひっくり返す秘伝の書。
それこそが、
──ハローキティのポンポンパック目覚まし時計BOOK
であった。

いかに豪胆な小山といえど、この決断をするには時間を要した。優れた書であることは間違いがないが、いかんせん高価なものである。
しかし並の者ならば年単位で悩み抜く決断を、小山はほんの一刻(約二時間)程度でしてみせたのだ。

あとは陳列されたという報せを待つだけ。そんなときに、ほんまるからメールが届いた。
やや、思ったよりも早かったな、と頬を緩めた小山だったが、様子がおかしいことに気がついた。
振込のお願い、とある。
読むと、先月末までに振り込むべき金が振り込まれていないのだという。
まさか、そんなことはあるまい。
並の者ならば狼狽し、右往左往するところだろうが、豪胆で知られる小山は違った。狼狽の色などつゆほども見せず、
「え、嘘、ちゃんと振り込んだはずなんだけど。嘘嘘嘘。え、なんか間違えた? あれ、なんで? 嘘……え? あれ……なんで……? そんなことある……?」
と短く零したのみだった。

こういうときの小山の判断は速い。まさに疾風迅雷。小山は自らの通信板スマホを使い、振込履歴を確認した。小山は数字にも強い。調子の良い日などは九九をすべて(七の段を除く)諳んじてみせることすらできるのだ。その小山の眼が、画面をなぞっていく。
六月十五日に間違いなく振り込んでいる。小山は画面複製スクショを撮り、すでに振り込んでいる旨を記したメールに添付して送信し、返信を待つことにした。

すぐにほんまるから返事がきた。振込の確認が漏れていたことを丁寧に詫びる文章だ。誤解が解けたのなら良かった。小山はこのようなことで怒る男ではない。
幼少時、二つ年上の兄に泣かされたときなど、数日経って兄がすっかり忘れた頃に背後から棒切れで正々堂々殴りかかるような気持ちのいい男なのだ。

我はすべてを赦した。
そう呟いた小山は、YouTubeでポンポンパックの動画を漁る作業に戻った。

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