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【米国株】重要論点を大口投資家の見方を踏まえて検証 - 経済、インフレ、金利、株

先週6月7日に発表された米国の雇用統計を受けて、エコノミストや大口投資家の見方を改めて拾いました。そのうえで、重要な論点になっている下記のポイントについて検証を行います。

  • 経済は強いのか、弱いのか?

  • 経済に悪いニュースは、株式市場にプラスかマイナスか?

  • インフレの方向は、上か、下か?

  • 今年の利下げは何回か?

  • 金利は上昇?下落?

  • 株はどう動くか?

総じて、米国経済は弱体化しつつあるものの、分野によってばらつきがあります。株式市場にとって今の経済は「ちょうど良い」状態にありますが、経済の強弱によってはネガティブな影響を受ける可能性があります。
インフレは一時的に上昇するリスクがあり、FRBは年内に1~2回の利下げを行うと予想されます。金利は上昇リスクがより高く、7月前半のポジティブなアノマリーやAI銘柄の強さはあっても、株式市場は一時的な調整局面を迎えるリスクが溜まっていると考えます。


経済は強いのか、弱いのか?

エコノミスト、大口投資家の見方

  • Blackrock CIOのRick Rieder氏は、経済は弱含んでいるものの、基本的には強いとの見方を示しています。

  • Morgan Stanley Wealth Management CIOのLisa Shalett氏は、サービス業は持ちこたえているものの、製造業は期待を下回っており、労働市場の熱も下がってきていると指摘しています。

  • Blackrock Portfolio ManagerのJeffery Rosenberg氏は、高金利が低所得層にダメージを与えている一方、株高と高金利による資産効果が富裕層を通じて経済にプラスの影響を及ぼしていると分析しています。

  • Mohammed El-Erian氏は、後ろを見ると強いが、先を見ると弱いとコメントしています。


我々の見方

全体として経済は弱くなっていると見ています。しかし分野ごとに状況は異なります。サービス業・富裕層関連は強い一方、製造業・低所得層関連は弱いのが特徴です。


製造業は一時的な回復が終了した可能性があります。製造業PMIは回復傾向にあるものの、過去には先行指標となっている「受注指数÷在庫指数」は下落傾向にあります。

一方、サービス業はPMIが50を超える水準を維持しており、持ちこたえています。


労働市場は弱くなっていると見ています。
雇用統計では、就業者数の統計に用いられる「事業所調査」が、失業率の統計に用いられる「家計調査」を大きく上回っており、解釈が難しくなっています。

失業率は家計調査を用いるため、家計調査の悪化と合わせて上昇傾向にあります。5月に、先月の3.9%から4.0%に上昇しました。

SMBC Nikko Chief EconomistのJoseph Lavorgna氏によると、両者には、下記の性質があるようです。

  • 事業所調査は、最低1時間働き、給与を受け取った人数

  • 家計調査は電話による家計へのサンプル調査

  • 家計調査の方が経済の転換点を機敏に捉える可能性がある

  • 一方、FRBはバイアスが少ない事業所調査を重視

また、事業所調査は副業をダブルカウントする一方、家計調査はダブルカウントしないという特徴があると認識しています。したがって、事業所調査の高い数値は、生活が苦しく副業する人が増えていることを示している可能性があります。
Lavorgna氏のコメントと総合すると、弱い家計調査の数値にも注目すべきでしょう。一方、FRBは事業所調査を重視するため、経済の強さを見誤る可能性があります。


もう一つの重要な労働に関する統計、JOLTS求人数を見ると、求人数も低下傾向にあります。求人数と失業者のバランスはパンデミック前の水準に落ち着きつつあります。

求人数を増やしているのは50人以下の小規模事業のみで、他は大きく低下しています。労働市場が安泰ではないことを示しています。


低所得層と富裕層の二極化も顕著です。
例えば、クレジットカードの延滞率は、特に低所得層の多い地域で延滞率が過去最悪に近い水準まで上昇、富裕層の多い地域では上昇しつつもまだピークまで余裕がある水準です。

低所得層は弱く、高所得層は余裕がある、という構造はこちらでまとめています👇


別の観点で政府支出を見ると、既に高水準にある政府債務により、財政政策の拡大余力は小さく、政府支出のGDPへの貢献度は低下しています。今後も、政府の貢献度合いは限定的になると予想します。


エコノミストや投資家の見方は分かれていますが、全体として経済は弱体化している一方、分野ごとに状況は異なるというのが我々の見解です。

今後の傾向としては下記を予想します。

  • 弱い製造業

  • 失業率の上昇

  • 弱い低所得層と強い高所得層、という構造の深化

  • 政府支出の成長貢献の低下

一方、サービス業はどこまで持ちこたえられるか、という点に注目します。


経済に悪いニュースは、株にプラスか、マイナスか?

エコノミスト、大口投資家の見方

  • Blackrock Portfolio ManagerのJeffery Rosenberg氏は、強い経済データはFRBの政策が本当に制約的(restrictive)なのかという疑問を呈し、利上げ懸念を呼び起こすとしています。

  • Citi Head of Equity Trading StrategyのStuart Kaiser氏は、就業者数が減少すると金利は下落するが、株式投資家も怖がるためマイナスと指摘しています。

  • Fundstratのトム・リー氏は、不景気懸念による金利低下は株にネガティブであり、その意味で直近の雇用統計は強い経済を示す一方、インフレ再燃懸念を起こさず、ちょうどよかったとコメントしています。

我々の見方

現在は「ちょうど良い」ところにありますが、強すぎても弱すぎても株にネガティブという難しい状況だと考えています。経済が強すぎれば、金融引き締めの長期化懸念が高まり、株式市場にマイナスとなります。一方、経済が弱すぎれば、企業業績の悪化が懸念され、これも株安要因となるでしょう。


インフレの方向は、上か、下か?

エコノミスト、大口投資家の見方

  • Mohamed EL-Erian氏は、ニアショアリングや貿易関税の増加により、長期的なインフレトレンドが続くと予想しています。

  • トム・リー氏は、雇用統計よりも6/12のCPIが重要であり、CPIは改善を示すだろう、と述べています。

  • Economic Cycle Research InstituteのLakshman Achuthan氏は、インフレ率が2%に低下するのがコンセンサスだが、それは当たり前ではなく、2024年にボトムを打って上昇に転じると見ています。その理由として、商品インフレのマイナス寄与が終了することを挙げています。

  • SMBC Nikko Chief EconomistのJoseph Lavorgna氏は、インフレは供給サイドの問題と指摘してきましたが、1月以降のトレンド転換の理由は明確には分からない、とコメントしています。

我々の見方

一時的にインフレが上昇する可能性があると考えています。

第一に、2024年初の紅海でのイエメンの親イラン武装組織フーシ派による商船への攻撃によるサプライチェーンへの圧力が、遅れて効いてくる可能性があります。過去、インフレに先行する傾向が見られた「世界サプライチェーン・プレッシャー指数」の上昇がその兆候だと考えられます。

第二に、Lakshman Achuthan氏が指摘するように、製造業の回復がCPIに波及する可能性もあります。こちらもCPIをリードする傾向のある、ISM製造業価格指数も上昇傾向にあります。


以上から、一時的にはインフレは高まる可能性があると考えます。過去の先行指標からのCPIの遅延を見ると、上昇リスクは、5月分(6/12発表)よりも、6月分がより高いと見ます。
ただし、これらの要因による影響は一時的なものに留まり、FRBの金融引き締めによる需要抑制効果や、グローバルな経済成長の鈍化などがインフレ圧力を和らげる方向に作用、中長期的にはインフレ率は落ち着いていくと予想します。


今年の利下げは何回か?

エコノミスト、大口投資家の見方

  • Morgan Stanley Wealth Management CIOのLisa Shalett氏は、データがクリアではないため、FRBは少なくとも短期的には方向性を示せないと述べています。

  • SMBC Nikko Chief EconomistのJoseph Lavorgna氏は、FRBは少なくとも3回、理想的には4回の良いデータを確認してから利下げに踏み切ると予想しています。

  • Blackrock CIOのRick Rieder氏は、FRBは年内に1回か2回の利下げを行いたいだろうとコメントしています。

我々の見方

  • 前提として、市場は、9月のFOMCで約50%、12月には約90%、最低1回の利下げ確率を織り込んでいます。

  • Joseph Lavorgna氏が指摘するように、RRBパウエル議長は、利下げの条件として「インフレ率が2%に低下すると確信が持てるようになった場合」と強調しています。

  • 仮に一時的にCPIの上昇が起きるとすれば、インフレが2%に低下する根拠を得られるのは早くても11月になると考えられます。

  • 11月のFOMCは大統領選と重なるため、FRBは政策変更の実行が難しいという声もありますが、データを確認できるのがそのタイミングであれば、政治に関係なくFRBは動く、と元FRBのエコノミストが指摘していたと記憶しています。

以上から、年内の利下げは多くて2回になる可能性が高いと考えます。


金利は上昇?下落?

エコノミスト、大口投資家の見方

  • BMO Head of Fixed IncomeのEarl Davis氏は、現在のリスクプレミアムが高く、今後も供給が多いため、オークションごとに金利上昇圧力がかかると指摘しています。また、金利が低いと米国債オークションが弱い結果となり、金利が上がるため、金利の下方リスクは制限されている一方、上昇リスクは大きい、と述べています。

我々の見方

  • 米国債市場は、供給が多く需要が少ない、フラジャイルな状況が続いていると考えます。

  • 仮にインフレが一時的に上昇すれば、市場にとってはサプライズとなり、金利の上昇リスクが高まります。

  • Earl Davis氏が指摘するように、巨額の財政赤字を支えるため米国債の供給が多く、特に長期債のオークションは、各回、金利上昇圧力になると考えます。

以上を総合すると、現在は短期的に、金利上昇リスクがより高いと見ています。


株はどう動くか?

エコノミスト、大口投資家の見方

  • トム・リー氏は、MAG7(メガテックのAI関連7銘柄)が20%成長している現状では、これらのPERがもっと高くてもいいと述べています。また、MAG7を除いたS&P500のPERは16倍と低い、と指摘しています。

  • Citi Head of Equity Trading StrategyのStuart Kaiser氏は、現在のリスクリワードは過去12ヶ月で最低水準にあり、経済の弱さが広がる一方でS&P500は史上最高値をつけている、と警鐘を鳴らしています。

  • Morgan Stanley Wealth Management CIOのLisa Shalett氏は、バリュエーションはフルな状態にあると述べています。年初来で株価は11%上昇しており、利益成長の市場予想が年初には10%程度であったことを考えると、ここからの上昇は2025年からの"借り入れ"になると指摘。また、投資家のポジションはすでにフルな状態で、MMFで5.4%の利回りを稼げるのは魅力的だと述べています。

  • Goldman Sachs Global Markets Division Managing DirectorのScott Rubner氏は、7月前半の15日間が年間で最も株価が上昇する期間というアノマリーがあり、7月初旬に受動的な資金流入が増加することで株式市場のさらなる上昇を後押しすると予想しています。

我々の見方

株価の動向を分析するにあたり、PER(株価収益率、12ヶ月後予想ベース)とEPS(一株利益、12ヶ月後予想)に分解して考えます。

※株価はSPY ETF

PER
Lisa Shalett氏が指摘するように、PERは過去最高水準にあり、割高感が高まっています。

ただし、トム・リー氏が指摘するように、S&P500の採用する時価総額加重平均ではなく、「単純平均」のS&P500を見ると、PERに割高感はありません。

これは、時価総額の大きいメガテックのAI銘柄の、業績を伴う高騰と、その他の平凡な株式市場、という構図を反映していると考えられます。
しかし、全体としてPERが高いのは事実であり、仮に金利が上昇すればPERの下方圧力になると考えます。


EPS
EPS予想も高水準にあります。現在のEPS成長予想はポスト・コロナの最高水準にあり、その大部分はメガテックのAI銘柄に支えられています。

仮に経済が弱体化すると、AI関連が強さを保ったとしても、EPS成長予想は下落すると考えられます。

AI投資は経済動向と引き離して考えてよいのでは、という記事はこちら👇


以上から、PERおよびEPSに下落リスクがあり、株式市場は一時的に下落するリスクを抱えていると考えます。ただし、ゴールドマンの指摘する7月初旬の資金流入などのポジティブな季節性アノマリーや、AI関連銘柄への期待などが下支え要因となる可能性もあるため、悲観一辺倒というわけではありません。


まとめ

米国経済は全体として弱体化しつつあるものの、分野ごとに状況は異なっています。サービス業や富裕層関連は底堅い一方、製造業や低所得層は弱含んでいます。労働市場も弱くなりつつあり、事業所調査と家計調査の乖離が大きくなっています。求人数は低下傾向にあり、低所得層と富裕層の二極化が鮮明になっています。高水準の政府債務により財政政策の拡大余力は小さく、政府のGDPへの貢献度は低下しています。

こうした経済環境下で、株式市場は難しい局面を迎えています。現在は「ちょうど良い」状態にありますが、経済が強すぎても弱すぎても株価にはネガティブに作用します。インフレ率については、一時的に上昇するリスクがありますが、中長期的には落ち着いていくと予想されます。FRBは年内に1~2回の利下げを行う可能性がありますが、経済指標次第では来年以降にずれ込む可能性もあります。

金利は上昇リスクがより高いと考えます。米国債市場は供給過多と需要不足のフラジャイルな状況が続いており、インフレの一時的な上昇は金利上昇要因となります。ただし、経済指標が予想以上に弱かったり、地政学リスクが高まったりした場合には、金利が低下する可能性もあります。

株式市場については、PERおよびEPSに下落リスクがあり、一時的な調整局面を迎える可能性があります。ただし、メガテックのAI関連銘柄への期待は根強く、7月初旬の資金流入などの季節要因も下支え要因となるでしょう。

総じて、米国経済と株式市場は不透明感が強まっている状況です。金利や為替の動向にも注意を払いつつ、経済指標や企業業績を丁寧に分析し、適切なポートフォリオ運営を行うことが肝要だと考えます。




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