『三匹の慶應義塾大学文学部生』
慶應義塾大学文学部という極めて歪な組織に属する人間は3種類に大別され、それぞれが異なる大学生活を歩みながら「ひよ裏」に位置するそれぞれのラーメン屋に足を運ぶ。
*ひよ裏
(飲食店が並ぶ日吉駅西口のこと。キャンパスがない側の出口を裏と称しており、慶應生の傲慢さが見て取れる。)
今にもはちきれんばかりの、何故か新品で購入したRALPH LAUREN POLOのポロシャツとUNIQLOのチノパンを着た、体育会所属の文学部社会学専攻生は、今日もひよ裏の家系ラーメン屋『銀屋』に通う。背中には慶應義塾大学体育会のランドセルこと、ARC’TERYXのMANTIS 26バックパックを背負っている。自らが体育会に所属しているという溢れ出るほどの自信からか、日吉駅からキャンパスに向かうまでの銀杏通りを、まるでワムウのように風を切って闊歩する。別にこちらから尋ねるわけでもないのだが、どうやら早慶戦の練習で忙しいことが話の節々から伝わってくる。いや寧ろ早慶戦の練習で忙しい自分をこよなく愛しているのだろう。彼と中国語のクラスが一緒だった慶應女子は、人生における様々な選択肢から慶應義塾大学への一般入学という道を選んだこともあり、極めて王道が好きな傾向が見受けられるので、なんやかんやで体育会系男子を好み、彼が見せびらかすように教室で配っていた招待チケットを片手に、神宮球場へと足を運ぶ。彼を応援したいという純粋な気持ちで神宮球場を訪れるのか、将又早慶戦という語感の良さをインスタグラムのストーリーに載せることで自己顕示欲を満たしにきたのか、真実は定かでない。実際のところ、体育会の練習は休日が週一程度の相当ハードなもので、特製銀屋ラーメンを頬張り、自らの血肉としていく。
和光市駅徒歩5分に位置するイトーヨーカドーで、ママが買ってきてくれたボアジャケットを通年着ている文学部東洋史学専攻生は、今日も慶應志木高校からの友達と、ひよ裏の博多豚骨醤油ラーメン屋『柴田商店』に通う。ふかや花園プレミアムアウトレットでママが拾ってきたCalvin Kleinのジーンズ(ここまでそそられないCalvin Kleinを目撃したのは人生で初めてである)を履き、背中には、これも新三郷のララポートでママが見つけてきた、カナブンの外骨格に酷似したPUMAのリュックを背負っている。身の回りの装飾品も、通う学習塾も、受験する高校も、全てママにアウトソーシングしてきた人生。外界に出るのは学校に通う平日、それも火・水・木の3日だけで、基本的には自宅の一室で「ゼルダの伝説 時のオカリナ」をプレイする人生なので、季節感に乏しく、ボアジャケットは通年着用できるものだと信じて疑わない。慶應志木高校で男に囲まれた3年間を過ごした後の、文学部という女子が教室を占有する魔境。5限目に地中海交流史を学びながらも、目の前の文学部女子とはまともな交流ができないまま脇汗だけは一丁前にかき、今日も自分へのご褒美として背脂に満ちたちぢれ麺を啜る。身を収縮させて啜られ待ちをするちぢれ麺に、ドイツ語の授業で女子に見つかるのが、陰で悪口を言われるのに怯んで教室の右端で身を縮める自分を投影させる。無性に腹が立ってくる。
RAD MUSICIANとHAREとKENZOのタイガーロゴで全身を固めた、Stray Kidsへの憧れが妙に強い文学部美学美術史学専攻生は、台湾まぜそば屋『麺屋 こころ』に通う。彼は将来世間を背負って邁進する気など毛頭ないので鞄も背負うことはせず、MM6のJAPANESEバッグを模倣したHAREの三角トートを左肩に担ぐ。法学部政治学科に推薦入学したトリリンガルの高貴という2文字が似合う女性を1から自らの懐で飼育するほどの実力には到底至らないので、インカレフットサルサークルの東洋英和女学院大学出身女子マネージャーという手近なところで、曖昧な欲求を満たしていく。同サークルに所属する、フェリス女学院大学文学部女子は、まるでUFOキャッチャーのトゲピーBIGぬいぐるみかの如く、Amazonでいつでも手に入れることは出来るが、ゲームに真っ向から向き合った時の表層的な入手難易度は高く見受けられるので、一旦ステイ。慶應生という骨子がなくなったら存在価値が瓦解してしまいそうな男子と、ちょうど20歳を迎えた旬真っ盛りの女子大生。お互いがお互いを記号的に消費することで、絶妙に需要と供給のバランスが均衡している。ジャンクフード的な女子大生の飼い殺しにも慣れ果ててしまい、段々と心と体の歩幅がズレ始めてしまう。横浜のイーストクリニックで羞恥心と等価交換したバイアグラ、いやバイアグラは高価なのでジェネリック医薬品ことシルデナフィルを服用し、公衆便所で仮初めの精子を絞り出す。錠剤を舌の上で舐め倒さないと十分な効果は期待できないが、舐めるには苦みが強くて、結局は口に入れてから数秒で呑み込んでしまう(当然中折れする)。思えば苦いこと・もの、辛酸を舐めるような経験から逃げ続けてきた人生であった。一橋大学社会学部の受験に失敗し、やむなく入学した慶應文学部美美専攻で、温室育ちのFラン女子大生と疎結合を繰り返す。何のための交わりなのか自分もdickもpussyも見失う。何事においても"本物"を手にできていないことに彼も本当は感づいていて(気づいていないふりこそ上達したが)、今日も台湾ミンチと卵と九条ネギが丁寧に装われたどんぶりを、やけくそにかき混ぜ、混沌を眺めて束の間の悦に浸る。上着ぐらいはマルジェラが着たい。
慶應義塾大学文学部に進学しなかったら、こんな惨めな思いをしなくて済んだのかな。彼らが各々の不毛で人間らしい大学生活を送り、巣穴に足繁く通うことで、今日も日吉駅西口のラーメン屋三権分立は保たれている。
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