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後遺症で休職7ヶ月目〜現在の症状(前半)〜

休職7ヶ月目、現在の状況です。

ざっくり言うと、痺れや痛み、倦怠感、身体の違和感は常にあります。身体を締め付けられるような、突っ張るような感覚です。

けれど、これらの症状で、頭がいっぱいになることはなくなりました。眠れるようになりました。どうしても痛い時も、市販の痛み止めで軽減するようになりました。なにかやりたいという意欲や食欲も、少しずつ戻ってきました。外出もできるようになりました。たのしいという感情も思い出しました。もちろん、死を考えることはなくました。なんとかなる!なんとかする!という思いです。

なので、休職当時と比べると、とてもよくなっています。

ただ、自分で自分の身体をコントロールできない感覚には、今も悩まされています。身体のパーツがバラバラになって、連動していない。脳の感覚と身体の感覚が一致しない。自分の身体が自分のものではないような感じです。

今回は、特に困っていること、という切り口で、症状について書いていきます。

今、一番困っているのは、首〜肩の異様なコリ(緊張)です。普段は自制内に落ち着いているのですが、特定の動作をすると悪化し、何とも言えない痛み・痺れ・倦怠感・違和感を引き起こします。脳に直接作用するような、普通ではない、耐えがたい感じのやつです。時間とともに全身に広がっていきます。

特定の動作というのは、長時間の同一姿勢と、身体に力を入れること全般です。具体的には、パソコン操作、スマホ操作、筋トレなど。細かく言うと、立ちっぱなし、座りっぱなし、高さの合わない椅子やガタガタした椅子(パイプ椅子やオフィスチェア)に座ること、など。

これらの動作に挑戦はするのですが、毎回、途中で耐えかねて、横になり、じっとよくなるのを待ちます。(そんなとき、話し相手がいるとほんとうに助かります笑)

以前と違って、横になることもできるし(長時間になると症状がひどくなりますが、前ほどではない)、半日くらいで軽減するので、かなり楽になりました。

ただ、仕事をするには致命的で、結構悩んでます。今も、健康な時には考えられないくらい時間をかけて、休みながら、記事を作成しています。

これもリハビリだと思って、少しずつ、時間をのばしていきたいです。悩んだり、不安になっても仕方ないので、ゆっくりよくなることを信じたいと思います。


2番目に困っているのは、疲れやすさです。毎日、大したことはしていないのに、フルマラソン後よりしんどい。(わたしは、フルマラソンが趣味で、完走後に打ち上げして、翌日仕事に行ってました。)

先に矛盾することを書きますが、今、1日10キロくらい歩いています。また、ラジオ体操もしています。病院で、運動するように、汗をかくように、筋力つけるように、と言われているからです。

なので、疲れやすいなんて嘘だよ、十分じゃん!と思われてしまうとは思うのですが、、、。

散歩や体操は、わたしにとって、リハビリでもあり、休憩に近い感覚です。もちろん、疲れはするのですが、※詳しくは、5番目に困ることで書きます。※、それ以上に身体がゆるんで、楽になります。

逆に、さぼってしまうと症状がひどくなります。わたしにとって散歩や体操は、身体の緊張をゆるめるためにできる数少ない手段のひとつです。

こういうわけで、わたしの場合、横になるのと同じくらい、散歩や体操をしているのが、楽だったりします。

一方、特定の動作ほどではないのですが、家事をすると身体に力が入るのか、すごく疲れます。休みながらでないと、できません。ひとつひとつの動作がとにかく疲れます。

買い物に行っても料理ができない、料理ができてもお皿が洗えない、お皿が洗えても材料がない、、、とか。洗濯機に洗濯物をいれるのはできても、取り出す時には疲れて動けない、とか。あるあるです。日によって違うのですが、こぼしたものを拭く、届いた荷物を開ける、ゴミをゴミ袋に入れる、と言ったことが難しい日もあります。朝のゴミも毎回は出せないです。

なので、料理は作れるときは作りますが、母に手伝ってもらったり、お惣菜を買ったり、外食したりすることも多いです。掃除や洗濯もやったり、やらなかったり。溜めておいて、まとめてできる時にやります。お風呂は掃除できないのがわかってるので、ジムに行っています。

10キロも歩けるのに、家事ができない…と言っても理解してもらえないと思うのですが、結局は、緊張する動作としない動作があって、緊張する動作をすると疲れる…という感じです。

あとは、単純に優先順位の問題でもあります。部屋が汚くても、回復に大きな影響はない。食事は外注でなんとかなる、運動を優先させたい、限られた行動量の中で取捨選択しているとも言えます。

今は、起きて病院に行って寝て、家事かリハビリ(プールかカーブス)をして寝て、鍼に行って寝て、散歩をして寝て…みたいに、数時間単位で休みながら行動する生活をしています。これは、わたしなりに考えた病気との付き合い方です。

最後の散歩は23時出発になる日もあり、心配されますが、少しでも動いて、よくなりたいので、そうしています。

こうして書くと、一日のトータルの行動量はそれなりにあるので、元気じゃん!と思うのですが…。生活にすごく困っています。

自分でも不思議というか、よく分からないので、まわりの人はもっと不思議だと思います。



3番目に困るのが、悪化する動作はあるものの、動作自体その時はできる、無理がきく、ということです。

以前の自分の感覚や、まわりの人からすると、当たり前にできることなので、自分も周囲も「できる」と思ってしまいます。だから、知らず知らずのうちに、無理をして症状を悪化させてしまう。また、悪化していても、まわりからできているように見えるので、SOSを出しづらかったり、気づいてもらえなかったりする。まさか、決死の覚悟でパソコン操作してるなんて、誰にもわからないと思います笑。

そして、まわりから励ましてもらうと「その時は」できたりもします。※ただ、あとで動けなくなる確率が高いです。※

それが「甘えているんじゃないか」「怠けているんじゃないか」という自分の負い目や、周囲の無理解につながります。できることと、できないことの境目が非常にあいまいで、本当の困りごとが表面化しにくいです。

最終的には、「自分の身体の声をきく」というなんともフワッとした、世間から理解を得づらい言葉に集約されてしまう印象です。


今日は疲れたので、このへんで。後半に続きます。

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