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【シリーズ第37回:36歳でアメリカへ移住した女の話】
このストーリーは、
「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」
と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
前回の話はこちら↓
彼との初デートは、なかなか意味のあるものだった。
彼は、なにかに怒っている。
その怒りは、心に納まりきらない量なのだろう。
”インロック”というアクシデントも、普通なら、
「あら~・・・やっちゃった・・・」
という程度のことだ。
けれども、すでに嫌なことで全身が埋められていたら、それ以上は入らない。
つらいことが続くと、普段なら笑えることでも、笑えない。
その程度のことしかわからないけれど、きっと、そんな感じなのだろう。
その日は、二人そろって家にいた。
ケーブルテレビで、映画「ザ・テンプテーションズ」をしていたので、一緒に観ることにした。
ザ・テンプテーションズは、モータウンを代表するコーラスグループ。
この作品は、オリジナルメンバーのオーティス・ウィリアムスの著書をテレビ映画化したものだ。
無名の時代から、彼らが成功を収め、オーティス以外のオリジナルメンバーが亡くなるまでのストーリーを、2時間半に凝縮して描いている。
ドラッグ、アルコール、エゴ、人種差別、裏切りなど、様々なドラマが繰り広げられる。
彼らメンバーの人生は、私のそれとはほど遠いけれど、その時々の彼らの心境は、それなりにイメージできる。
けれども、リードシンガーのデイヴィッド・ラフィンを理解することは難しかった。
デイヴィッド・ラフィンは、1964年から1968年、ザ・テンプテーションズのリードシンガーとして活躍した。
彼の声は唯一無二、私の大好きなシンガーだ。
彼はとても真面目で働き者、リハーサルでも、本番と同じように歌う、数少ないシンガーだった。
ところが、グループが軌道に乗り始めると、彼が変わった。
「何も問題なく、人生が上手くいったことなんて一度もない。こんなこと、はじめてや・・・」
彼は不安に陥る。
そんな彼は、コケインにはまった。
リハーサルに遅れるだけではなく、スケジュールを忘れ、ショウに現れないこともあった。
「お前らだけでこのグループが売れると思ってるんか?俺がおるから、これだけ人気が保てるんや」
一緒に支え合ってきたメンバーを見下す発言もするようになった。
さらに、グループ名を、デイヴィッド・ラフィン&ザ・テンプテーションズに変えようとした。
確かに、デイヴィッドの声はスペシャルなので、彼がいなければ、ザ・テンプテーションズのストーリーは、随分違っていたかもしれない。
私には、とても言えないセリフだけれど、まぁ、こういう人もいるとは思う。
彼は、ガールフレンドのタミー・テレルに対しても、横柄で、傲慢だった。
彼女が他の男と会話することを許さず、「ビッチ(あばずれ)」と呼ぶこともあった。
そんな男と一緒にいたくはないけれど、こんな男はいる。
デイヴィッドの言動は、まったくわからないわけではない。
けれども、「ストン」と私の中に入ってこない。
「メンバーは彼の才能を認めて、リスペクトしてるのに、デイヴィッドは感じ悪いなぁ。なんで、あんな態度なんやろ?」
「彼の人生で、彼のために、何かしてくれた人なんて、ひとりもおらんかったんやろ。
彼によくしてくれた人も、そのうち彼を裏切る。
彼の周囲に、信用できる奴なんかいたことがない。
だから、彼はあんな態度を取るしかないし、取らなあかんねん」
なるほど・・・。
いつも裏切られていたら、良くしてもらっても何か魂胆があると思う。思わなければならなくなる。
自己防衛だ。
ストンと理解できた。
「じゃさ、なんですべてが上手く行くと不安なん?」
「これまでの人生で、上手くいったことがなかったら、上手くいかないことが当たり前になるやろ。
上手くいきかけても、すぐに悪いことが起こる。
人生に期待なんかできなくなる。
上手くいき始めたら、次は、どんな悪いことが起こるんやろ?いつ起こるんやろう?って、不安で仕方ないねん。
その不安をなくすために、何か悪いことが起こる前に、自分で無茶苦茶にする。
元に戻って、不安がなくなる方が楽やねん。
彼が意識して、それをしてたかどうかはわからんけどな」
・・・なるほど。
やっぱり自己防衛だ。
「じゃ、タミーに対して、なんであんなひどい態度とるん?」
「デイヴィッドは、彼女を信じてないからやろ。
これまで誰かに大切にされた経験がなかったら、タミーに大切にされても、信じられへんやん。
誰にも大切にされなかったら、自分を愛することはできへんで。
自分も好きじゃないのに、なんで他人が自分を好きになる?
好きになられても、信じられへんやん。
彼女に大切にされればされるほど、信じられへんから、ひどいことする。
彼女を信じてしまったら、嫌われたときの傷が深いやろ。
彼女を傷つけて、嫌われたら、”やっぱり・・・”て思えるやん。
黒人は、この国でゴミみたいに扱われてきたやろ。
自分を愛せない黒人は少なくないよ。
俺にも、ジェニファーていう、すっごい優しい彼女がおってん。
俺によくしてくれたけど、このまま続いたら、俺はいつか彼女を傷つける。
だから、自分から離れて欲しいって頼んでん。
彼女を傷つけたくないやん。
それができただけ、俺はデイヴィッドよりマシやで」
・・・ストン・・・とまではいかないけれど、わかりかけた気はした。
そして、彼がデイヴィッドの気持ちを理解できることだけは、はっきりとわかった。
![](https://assets.st-note.com/img/1691776427336-V5IZpNaEHd.png?width=1200)
デイヴィッドはこのとき23歳だ。
子供の頃から、23歳になるまでに、彼は、他人を信用してはならないことを学んだ。
「これまで一度も上手くいったことがない」
彼の「これまで」は、子供時代を含む、たった23年間。
人生山あり谷あり、彼は、23年間のほとんどを谷で過ごしたのだろう。
23歳で、突然頂上に連れて行かれる。
頂上から突き落とされるダメージは半端ではない。
突き落とされる前に、自分から降りて行く方が、先が見えている分ダメージは少ない。
「悪いことはずっと続かない」
「人生プラスマイナス・ゼロ」
と言える、信じようと思えるのは、これまでの人生で、少しはいい経験もしているからなんだろうな。
”いいこともある”と信じて、前に突き進める私は、デイヴィッドの気持ちが理解できなかった私は、とてもとても恵まれている。
この国の人種差別に、興味を持つきっかけとなった出来事だった。
子供たちが、”いいことがある”と、ワクワクしながら生きられる、自分を愛することができる、そんな世の中になって欲しいと思った。
それにしても、ジェニファーには離れるように頼んだのに、私には頼まな いのはなんでだろう???・・・ちょっとだけ思った。
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