【シリーズ第38回:36歳でアメリカへ移住した女の話】
このストーリーは、
「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」
と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
前回の話はこちら↓
”ザ・テンプテーションズ”の映画を二人で観たとき、
「彼も人を信用できないのかな?」
「彼も人生でいいことがなかったのかな?」
あくまでも推測だけれど、彼の人生を垣間見た気がした。
彼に映画の内容を質問したり、わからない単語をたま~に聞くことはあっても、プライベートなことを尋ねることはなかった。
尋ねようと思ったこともない。
お互いに自分のことは語らないし、聞かない。
理由はわからないけれど、そのことに疑問もなかった。
運命の彼はいい人だ!という事実だけで満足していた。
それでも、一緒に暮らしていれば、彼の素顔を見る機会はある。
ある日、夜中に目を覚ますと、彼が顏にタオルを当て、ベッドに座っていた。
「どうしたん?」
「殴られてん」
顏をのぞき込んだ。
それほどひどい腫れではない。
「なんで殴られたん?」
「ブルースのバーカウンターに座ってたら、店に入ってきたメキシコ人が、いきなり殴ってきてん」
と言ったかと思うと、彼は立ち上がって、その後の展開を生き生きと実演してくれた。
「殴られた瞬間、相手の首をつかんで、床に抑えつけて、顔面殴ったった。
首つかんでるから、逃げられへんやろ。
気絶したから、そのままブルースの外に放り出してん」
彼はスラリと背が高く、パッと見た感じ、力があるようには見えない。
けれども彼の腹筋、背筋、上腕筋は、実は鍛え抜かれている。
その肉体をイメージすると、殴って気絶させることも、外に放り出すことも可能だな・・・と思う。
彼は話し終えると、
「くそ、拳が腫れてる」
と言って、顔ではなく、拳に氷を当てた。
きっと、殴った相手の顔の方がひどいことになっているに違いない。
「知ってる人なん?」
「知らん。なんか気に食わんかったんやろ。酔っ払いや」
この時、彼のイメージが変わった。
彼が体を鍛えていることは知っていたけれど、人を殴るイメージはまったくなかった。
自分から喧嘩をするとは思わない。
けれども、喧嘩には慣れているらしい。
しかも、強い!
短気で喧嘩っ早い人は好きではない。
けれども、喧嘩をしなければならなくなった時に、喧嘩ができる人、そして喧嘩に強い人は大好きだ💛
また別の日のことだ。
夜の10時を過ぎていたと思う。
「ミシガン湖に行こう」
と、彼に誘われた。
珍しい。
もちろん行く。
ミシガン湖沿いにあるミレニアムパークの北の端、ドゥザボー・ハーバーの近くまで来ると、彼はポケットから花火を取り出した。
イリノイ州では花火は違法なので、誰かにもらったのか、お隣のインディアナ州へ行ったときに買ってきたのだろう。
真夜中のミシガン湖で、こっそり花火をすることが目的だったようだ。
花火といっても、ねずみ花火のような、ちょりんとしたものなので、見つかる心配もない。
少し離れたベンチには、一組のカップルが座っていた。
花火開始から数分、座っていた男性が、ゆっくりと近付いてきた。
「俺、花火の音嫌いやねん」
と言って、上着を少し開いた。
・・・・・・銃だ。
人生初の出来事だ。
相手が静か~に脅しているからか、
怖い!!
という感情は起こらない。
あまりに現実とかけ離れた状況だと、「怖い!」とか、「びっくり!」と感じる神経は、フリーズするのかもしれない。
彼が、落ち着いた声で言った。
「あぁ、すまん。悪かったな。やめるわ」
そして、私をうながし、ゆっくりとその男の前を通り過ぎた。
「これがシカゴや。よう覚えとけ」
彼は言った。
・・・シカゴでは、「花火の音がうるさい」という理由で、拳銃を突きつけられることは、珍しくないのか・・・。
バーで、理由なく殴られることも、彼の人生では、仰天するほどの出来事ではないのかもしれない。
今回のことでわかったことがある。
私の場合、深層心理では、最悪のことは起こらないと思っている。
怖いと言っているし、外を歩くときは、常に警戒している。
けれども、どこかで安心しているはずだ。
自分の人生で、今回のようなことは、起こったことがないからだ。
イメージができない。
しかし、彼は違う。
彼は、最悪のことが起こることを想定している。
店で突然殴られたり、拳銃を突きつけられたり、私が35年以上、経験したことのないような事件が、彼の場合は1年以内に起こる。
実際には、もっと起きているのかもしれない。
そして、彼が育ったのは、シカゴのサウスサイドだ。
今回のようなことも、初めてではないのだろう。
私は、「怖いぞ」、「危険だぞ」、と言い聞かせながらも、一歩家を出ると、心の中はいつもワクワクしていた。
一方彼は、家を出た瞬間から、危険探知機をフル回転させ、トラブルに対応できる準備をしていた。
道を歩いているとき、彼が、常に前後左右に目を走らせているのは、そのせいだったんだ。
彼と私の人生は、まったく異なるものであることだけは間違いない。
それでも、冷静で強い彼はやっぱり好きだ💛