【シリーズ第58回:36歳でアメリカへ移住した女の話】
このストーリーは、
「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」
と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
「オーティス・ラッシュの誕生日会があるから、連れて行ってあげるわ」
と、びっくりするようなことを言ったのは、リロイ・ブラウンだ。
オーティス・ラッシュはシンガーソングライター、ギターリスト。
1950年代に、バディ・ガイや、マジック・サムと共に、リード・ギターをフロントに出した、新たなシカゴ・ブルース、サウンドを作り上げた人物、レジェンドだ。
オーティス・ラッシュにお会いできるなんて夢みたい。
とはいえ、丁重にお断りをした。
憧れるミュージシャンに近付きたい気持ちはもちろんある。
けれども、私はただの音楽好きだ。
お金を払い、客として音楽を聞かせていただく方が似合っている。
それでも、ちょっとは自慢したい。
アパートに戻って、同居人に話してみた。
「オーティス・ラッシュの誕生日会に連れて行ってあげるって言われてん」
「なんで、お前がオーティス・ラッシュの誕生日会に行くねん」
「やっぱりそう思うよねー・・・」
後に知ったことだけれど、同居人はもちろん、多くのミュージシャンが、オーティス・ラッシュのお祝いに駆けつけたそうだ。
オーティス・ラッシュは、素敵な人なんだろうなぁと思った。
さて、リロイに出会ったのは、私がはじめてキングストン・マインズへ行った夜だ。
飲み物を買って、カウンターの端っこに座っていると、彼が声をかけてきた。
ものすごく背が高い。
190センチ以上はありそうだ。
年齢は70歳くらい?
バシッとスーツを着こなし、帽子、レザーのドレスシューズをコーディネイトして、実にカッコいい。
ものすごく声がかすれているので、何を話しているのかわからない。
シカゴのクラブに通い始めた頃、私には、「聞き取れない人ベスト3 IN ブルーズ村」がいた。
第3位が、ドラマーのプーキー・スティックス。
「ハイ、ガール!ハウ・アー・ユー?★&*$%★%$@#・・・・・」
活舌が悪いのだろうか?
「元気?」の後は、聞き取れたことがない。
第2位は、同居人。
彼の低い声は、どうやら私には苦手なトーンらしい。
第1位がリロイだ。
絞り出すような声で本当にわからなかった。
リロイは、元シンガー。
喉をつぶしたために、もう歌えないらしい。
⇩唯一見つけた映像です⇩
白いトレーナーを着た男性(0-1分16秒)。
音は悪いですが、1990年代のシカゴを感じられるかも😊
「シンガーでは誰が好きなん?」
リロイに聞かれた。
「アリサ・フランクリンとか・・・」
と答えた。
「誰やそれ?」
・・・やっぱり通じない。
「アレサ・フランクリン」
発音を変えて、繰り返し名前を言った。
「オウ!アリサ・フランクリン!」
ようやく通じた。
そして、ガンガン音楽が流れるキングストン・マインズのバーカウンターで、聞き取れない第1位のリロイによる猛特訓が始まった。
アリサ・フランクリンは、「R」「Th」「F」「L」など、私には発音できない音がすべて入っている。
私が今、彼女の名前をきちんと発音できるようになったのは、リロイのおかげだ。
💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎
実は、リロイ・ブラウンの歌がある。
フォークロックのヴォーカル、ギターリストのジム・クロウチが、1973年にリリースした、”バッド・バッド・リロイ・ブラウン”だ。
「シカゴのサウスサイドに行ったら、リロイ・ブラウンに注意しろ。
195センチもある彼は、女性からは、”ツリー・トップ・ラヴァー”、男からは、”サー”って呼ばれてる
リロイはホンマに悪い奴。
サウスサイドで一番悪い男やで。
キングコングよりも、ジャンクヤードの犬よりも意地悪や。
リロイはギャンブラー。
クールな服と、ダイヤの指輪が大好き。
カスタムコンチネンタルを乗り回して、エルドラドも手に入れた。
ポケットには32口径の拳銃、靴の中にはカミソリが入ってる。
先週の金曜日、リロイがサイコロで遊んでたら、バーコーナーに、すごいイカス女が座ってた。
名前はドリス。
リロイはドリスに近付いた。
このときリロイは、”嫉妬深い男の嫁に、ちょっかいを出したらあかん”というお勉強をした。
飛びかかってきた男に、ジグソーパズルみたいにボロボロにされてたよ」
ペンシルベニア出身のジム・クロウチと、シカゴ出身のリロイの出会いは、軍隊の架線工事のクラスだった。
クラス開始から1週間後、
「俺、もう、うんざりや」
リロイはそう言うと、無断離隊した。
月末、給料をもらうために戻ってきたリロイは、脱走兵として逮捕された。
手錠をかけられたリロイは、見るからに”Bad Boy”だ。
その姿を見たとき、ジム・クロウチは思った。
「いつか、この男のことを歌にしよう!!」
それから7年後にリリースされた”バッド・バッド、リロイ・ブラウン”は、2週間連続、ビルボードで1位を獲得した。
グラミー賞2部門にノミネートされた、ジム・クロウチの大ヒットソングとなった。
💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎💎
「リロイは友達。ホンマもんやで」
同居人が言った。
歌詞の内容も、きっと事実だろう。
リロイは、出会った翌年か、翌々年に、癌で亡くなった。
いつもカッコよくスーツを着こなして、キングストン・マインズや、ブルースに現れるリロイのことは、忘れられない。
たくさん話をする機会はなかったけれど、会えば、必ず隣に来て話かけてくれた。
帰るとき、車まで送ってくれたこともある。
私にとっては、クールで優しいおじさんだった。