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スワンソープ

植田さんという小学校1、2年生の時とても仲の良かった友達がいた。
家が近く、よく遊んでいた。

ある時植田さんが、私の誕生日でも何でもない日にプレゼントをくれた。
金色のきらびやかな置物で、白鳥の形をしている。やや重みがあり、ほんのり石鹸のいい香りがする。お母さんが作ってくれたらしい。

これはスワンソープの名で昭和に流行った手芸で、“ソープバスケット”というものだった。
うちの母はそういった趣味がなかったので、私もそれを何と称するのか今の今まで知らなかった。調べると答えが出てくる便利な世の中になったものだ。
ソープバスケットとは、普通の石鹸を布やリボンなどで装飾して飾るものだ。石鹸の周囲に虫ピンをさして骨組みを作り、リボンを巻いていき、白鳥に限らずいろんな形を作ることができる。
素人の手芸とはいえ、それはかなり熟練した出来栄えだった。私は、たいそうなものをいただいたと思った。母に見せると母も感心していた。その後数年にわたり、スワンはうちの応接間に飾られていた。


その植田さんで思い出すことがある。ある時植田さんの家に遊びに行くと、看護師で普段家にいないはずのお母さんがいた。
いないといっても何度か会ったことがあり、お母さんの顔は知っている。すらりとした、ショートカットで細面のすてきな人だった。
植田さんの後に続いて家に上がらせてもらうと、まだ小さな妹さんとお母さんがこたつに入っていた。いつものように簡単にあいさつをし、みんなでこたつでぽつりぽつりたわいのない話をしたり、ぬりえか何かしてしばらく過ごした。

そのうち、微妙な違和感に気づいた。いつもは遊びに行くとてきぱきとおやつを準備してくれるお母さんが、いつまでものんびりこたつに座っている。まあそんなこともあるかと私は遊びに集中していた。
しばらくしてまた奇妙なことに気づいた。植田さんがお母さんを「おばちゃん」と呼ぶのだ。
植田さんは真面目ないい子で、その手の冗談は言わない子だ。お母さんもきちんとした人だったので、母親に向かっておばちゃんなんて言えばきっと注意しただろう。お母さんは着ている服の趣味も髪型までも、いつも見ていたあのお母さんで何ら変わりない。なのに全く咎めない。
2、3回「おばちゃん」と言っているのが確認できたところで、私は逆に怖いような気持ちになって植田さんに聞けなくなった。内向的な性格も手伝って、どう聞いたらいいかもわからなかった。

その後ずっとこたつにいるのも飽きて、子どもたちで外に行くことにした。植田さんは家を出る前にこう言った。
「おばちゃん、行ってくるけん!」
こわいこわいこわい!!私は全力で聞こえないふりをし、植田さんの家をあとにした。

その後、謎は解けた。彼女のお母さんは双子だった。そんなことは話題にもしなかったし、友達になってしばらくたっても私は知らなかった。
植田さんにとっては伯母が家に来るのはよくあることで、いつも通り過ごしただけだったのだ。考えてみれば、ませたところのない小学1年やそこらの子どもが「こちらワタシの伯母、母とは双子です。驚きました?」なんて友達に紹介することもないかもしれない。しかし本当に髪型まで一緒でそっくりだった。他人は絶対わからないと思う。
伯母さんも素朴な方で、自然体だった。「この子のお母さんにそっくりでしょ~」とかも言わなかったから、もしかするとお母さんの設定で乗り切ろうとしてたのかもしれない。

でも…言ってよ!(泣)

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