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秋月夜(三)

     二

「ちょっ、ちょっと待って下さい! いきなりそんな事言われても……」
「うちのたった一人の大切な孫と一緒に暮らしたい言うてるだけや。なんかおかしいとこあるか?」
「だって、麗奈ちゃん亡くなって、連絡した時も、お会いした時も、自分には関係ないから好きにしてくれっておっしゃってましたよね」
「気が変わったんや」
「勝手すぎます! ずっとあたしを母親だと思って大っきくなったあの子の気持ちは? 今までずっと育ててきたあたしの気持ちはどうでも良いんですか?」
「血は水よりも濃いっていうからな。あんたのことなんかすぐに忘れて慣れよるわ。それよりあの子は? どこ行きよったんや?」
「今日は友達の家にお世話になってて、しばらく帰ってきません」帰ってくるな……帰ってくるな……美佳は祈るように心の中でつぶやく。
 トルルと控えめなエンジン音を響かせて、かなり年季の入った軽トラが近づいてくるのが見える。助手席から半身を乗り出した優希が「やほ〜!」と大きく手を振っている。
「なあかあちゃん、ゆきちゃん、ちゃんとわすれんとおひるまえにかえってきたやろ? えらかった?」庭の前の駐車スペースに停まった軽トラから、器用に飛び降りた優希は、おもちゃを見つけた仔犬みたいに、テケテケと駆け寄ってくる。
「ちょうどあるいてたらにいちゃんみつけてくれはってな、けいトラのせてもうてん。それでだいぶはよついたわ」嬉しそうに報告する優希の言葉を、美佳は拳を額に当てて聞いている。
 落ち着いた様子で、健吾も軽トラから降りてくる。すぐに不穏な空気を感じ取ったようだが、素知らぬ顔でにこやかに「こんにちは」と見知らぬ客に頭を下げる。
「だれぇ?」もの問いたげに見上げる優希を、無意識に身体の後ろに隠すようにする。
「あんたも心の準備があるやろから、今日のとこはこれで帰るさかい」品定めするように、ジロジロ優希を眺めながら、少しトーンダウンして利恵が言う。
「忘れてるか知らんけど、親権はこっちにあんねん。これでも弁護士のせんせに、ちゃんと相談して来てるんやからな。あんたがゴネるんやったらそれでもええけど、こっちは出るとこ出る覚悟はある。でもな、もし、もしあんたが、どうしてもこのままあの子と暮らしたい言うなら……」
 利恵は美佳に身体を寄せ、声を潜めてこう続ける。
「三百万用意し」
「さ……」
「それであの子のことはきっぱり忘れる。親権も手放す。ついでに、あんたらがうちの麗奈にしたひどい仕打ちも、忘れたるわ」
「ひどい仕打ちって……」
「ほら、行くで!」まだボディの底を覗き込んでいる男に声をかけると、利恵はきびすを返す。
「ひと月。ひと月待ったるわ。よう考えて結論だし。また連絡するさかい」
 一方的にそう言い放ち、利恵は車に乗り込む。耳障りなエンジン音が復活し、次第に遠ざかってゆくのを、ショックと怒りで痺れたようになりながら、ぼんやり聞いている。

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