シロクマ文芸部 掌編小説「紅葉するひと」
「紅葉から誘いが来てさ、俺も、馬鹿な頭なりに色々と考えたんだけど、やっぱり、この先の人生を考えた時に、このまま生きているのも辛くなっちまって、その誘いに乗ったんだよ。」
恐ろしく冷え込んだ、
風の強い11月の終わりのことだった。
久しぶりにかかってきた電話を受け取ると
彼は切れ切れになった言葉をなんとか紡いで話し始めた。
「そうしたらさ、みるみるうちに身体が赤くなってきて、それと同時に、足は地についているんだけど、自分の肉体としての重みが一切なくなったみたいに軽くなったんだ。」
俺は彼が言っていることの意味が何一つ理解できなかった。
だが、
ただの悪ふざけや冗談を言っているわけではないと
長年の付き合いから分かった。
「紅葉ってのは、木の枝から、必死にしがみつくのを止めて、落ちるまでの間に、鮮やかな色に輝くことを言うんだよ。」
俺は彼の話の途中で何度も
頭に浮かんだ疑問の数々をぶつけようと試みたが、
それより先に足が動いて
いつの間にか彼のいるであろうアパートまで走り出していた。
「紅葉するひとってのはつまり、社会という大きな木から、不要と見なされ、見放されて、それでも俺みたいに一人で落ちる勇気もないやつが、誰かに、お前に余計な心配をかけてしまうような、情けない、最低な人間のことを言うんだ。」
彼の住むアパートは落葉広葉樹が両側に立ち並ぶ坂の上にあった。
綺麗に赤く燃えた葉がその道をトンネルのように覆い被さっていて、俺がその坂を懸命に登っていた最中、
突然彼の声は聞こえなくなった。
「おい!しっかりしろ!今家にいるんだよな!?」
俺は息切れした呼吸でそう叫んだ。
すると
「ごめんな。」
という彼のか細い声と共に
坂の上から強い風が俺に吹きつけて、
一枚の赤い葉が宙に舞いながら
軽々しく地面へと落ちた。