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シロクマ文芸部 掌編小説「同窓会」


「懐かしいね。」
そう言えば
そう言い合えば
何だか過去の全てが
精算されるみたいだ。

「あの頃は若かった。」
そう言えば
そう言い合えば
あの頃と対して変わっていない私達は
大人になれるんだよね。

ほら、きめ細かい泡が溢れんばかりの
とても冷えたビールがトレイに乗って運ばれてきて
ああ、美味しそうな食事が
きらきら光りながら
テーブルに置かれた。
それを囲って、騒いで
二次会三次会どこへでも
そんな雰囲気。

「全員揃って良かったなあ!」
「中学ん時だから、もう皆と会うのは15年ぶりか!」

なんて常套句をよくもまあ
この元クラスメイト達は言えたものだ。


「ちょっと待って。全員?1人忘れてない?ほら、あの子。Aさん。みんな覚えてない?二学期に転校しちゃった女の子。
皆考えないようにしてるだけで、あれってイジメが原因だよね。そりゃあさ、酷いことをクラス全員でやったとか、そんなことはなかったし、本人も学校には言わなかったから、表沙汰になることはなかったけど、あの子の転校はさ、確実にさ、クラス全員の無視、あるいはまるで存在していないかのような扱いが招いた結果だよね。皆、口にはしないだけで、心の内では気付いてるでしょ?口にした途端に自分が加害者になるからさ。
そうしていつまでも、あの子をあの子の存在を忘れたふりをして、これまでも、これからも生きていくんだよ私達は!!」


思い出話に花を咲かせるテーブルの上に
私は本当はそう言いたかった。

けれどその思いは結局はあの頃
Aさんが過度な無視をされている姿を見ていながら
何もできなかった私自身に返ってきて
周囲の騒いだ声と
よく冷えたビールと
やけに塩気の強い枝豆と一緒に
飲み込んでしまった。

くしゃくしゃに咀嚼された食べ物は
胃の中で渦を巻く。

「大丈夫?あんまり呑み過ぎるなよ。」
そう言って
私にお冷やを差し出したのは
Aさんにわざとぶつかって、
過剰なまでの拒絶反応をしてみせた
現在大手企業に勤めて妻子がいる男。

ああ、なんて余裕のある表情なんだろう。

「私、トイレついていくよ。ヤバくなったら言ってね。」
そう耳打ちしてくれたのは
Aさんの前で聞こえるように
悪口を言ってみせた
現在世界中を飛び回って人生を謳歌している女。

ああ、なんて自信に満ちた表情なんだろう。

そりゃあさ、
みんながみんな
この2人みたいに
人生うまくいってるわけじゃないけどさ、
でもさ、
みんながみんな
あの子の存在をなかったようにしてるのがさ、
私には気持ち悪くて、吐き気のする思いだった。

そして何より
そんな思いの傍らで
みんなと同じようにテーブルを囲んで
楽しんでいる自分自身が
一番気持ち悪い。


今すぐにでも、
食べたものが口から出そうになって
私はトイレに行こうと
ふらふらと立ち上がったとき、
急に浮遊した感じになって
同級生一人一人が座席へと座る光景が
俯瞰的な目線を持って
夥しいほどの幾何学模様と化して見え
それらが一つの集合体として
私の方を一斉に向いた。

そうして異様な吐き気に襲われた私は
騒めくテーブルの真ん中に
誰かの甲高い悲鳴を浴びながら
盛大に吐瀉物をぶち撒けていた。



#シロクマ文芸部





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