毎週ショートショートnote「一方通行風呂」
「一方通行風呂へようこそお越しいただきました。
ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」
「ああ、はい。いや、予約したような、そうでもないような。どっちだっけ、うまく思い出せない。」
「左様でございますか。
では確認致しますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「ああ、はい。名前。名前。
……。すみません。それも思い出せません。」
「はて、困りましたね。自分のお名前も忘れてしまっただなんて。」
「はい…。
僕は一体どうすればいいでしょうか」
「誠に恐れ入りますが、当風呂はご予約のお客様優先となっておりますゆえ。」
「そうですよね。はい。分かっています。しかしなんとか、入れないものですか。お願いします。」
「では、少し上のものに聞いてまいります。少々お待ち下さい。」
「はあ。僕はどうやらあらゆることを忘れているらしい。
だがなぜかこの風呂に入りたいという欲求だけが、明確に存在しているようだ。」
「お待たせいたしました。
申し訳ございませんが、本日予約がいっぱいとなっておりまして。ぜひまたの機会にお越しくださいませ。」
おい!しっかりしろ!
頭上から男の野太い声が聞こえて目が覚めた。
僕はどうやら、銭湯で転んで意識を失っていたらしい。