液体と固体の間に -工芸の超絶技巧が想像を絶する件② 稲崎栄利子-
『超絶技巧、未来へ!』展で見かけた現代作家の超絶技巧工芸品についてつらつら感想を書くnoteその2。今回は常識破りな陶芸作品を取り上げてみようと思う。
ちなみに、木彫り超絶技巧を紹介したnoteその1はこちら。
やきものジャンルのひとつ、陶芸。漠然と陶器を作ることだと思っていたら、磁器のほか、土器・炻器(せっき)も含むのだそう(炻器って初めて聞いた)
基本的にどれも土を焼いて作るのは分かる。違いは何だろうと調べてみたら、焼成温度で呼び分けることが多いらしい。なるほどね。
土器…野焼で粘土を600~900℃程度で焼いた器。最近のものは窯で焼いているが、土器扱いになる。
炻器…1000℃以上の高温で固い土を焼いた無釉のやきもの。備前・信楽焼の一部が該当する。
陶器…1200℃以上で粘土を焼いた器。光は透過せず、素朴な手触り。
磁器…石粉を1350℃以上で焼いた器。ガラス質のつるりとした手触り。光を半透過するほか、金属質な高い音で鳴る。
参考資料:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%99%A8 ほか
前置きが長くなったが、陶芸で扱うものは基本的に固体ということになる。
このnoteで紹介する稲崎栄利子氏の作品は、その概念に真っ向から歯向かう大作だ。
こちらが問題の作品、その名も『Euphoria』(多幸感)。
このフシギなものを見てHappyを感じるかどうかは議論があるかもしれないが、凄まじく不思議な物体である点は賛同いただけると思う。
素材は陶土・磁土・金彩・雲母銀とあるから、間違いなく陶芸に違いない。が、こんな陶芸作品はちょっと見たことがない。それどころか想像したこともない。
さらにとんでもないことに、この作品、決まった形状がない。
言葉で書くと伝わらないので、以下のインスタ動画をご覧ください。
可動式の陶芸作品は過去にもあったけど、ここまでフニャフニャした動きを実現したのは初ではないかな。
この自在な変形を可能にしているのは、本作を構成する1万個の陶磁リングとのことで、この1cmに満たない輪っかを1万個作る労力を思うと感動を通り越して背筋が寒くなってくる。
度し難く、途方もない。まさに超絶技巧。
ちなみに、同系統の作品に『Amrita』がある。インド神話で神々が食す不死の妙薬とのことだが、それをイメージしたものか、球体が包み込まれていてちょっと可愛い。
稲崎氏に関する情報はあまり多くない。経歴その他は美術品取扱の水戸忠交易のページで見ることが出来る。
1998年ごろから活動していて、2010年ごろからは陶芸の新しい表現の探究者として注目されてきたようだ。
極小リングからなる液状陶芸作品はごく最近の技法で、その前は繊細なパーツを組み上げるタイプの作品を作っていたらしい。『現像』とか『Arcadia』とか、幻想の城とでも呼んだらいいのか、白亜の繊細なパーツが作り上げる造形美に惚れ惚れする。
そんな稲崎氏、ロエベ財団が優れた手仕事の作家に贈るクラフトプライズ賞の大賞を2023年に受賞している。
ロエベといったらスペイン生まれのレザークラフト・ラグジュアリーブランド。つまり世界的に見てもこんな不思議な陶芸技法は類を見ないということらしい。
繊細さと独自性を極めた稲崎栄利子氏の陶芸作品。
陶芸系の美術館に作品が収蔵されていたり、企画展が開かれることもあるようなので、お近くでの開催の際にはぜひ、摩訶不思議な作品をご覧あれ。